30.見守るもの
「そこは板がぐらつくから気を付けてねー」
目の前を先行する金髪少年の声に、前に出そうと持ち上げていた脚を一度下ろす。
後ろの黒髪少年にせっつかれながら目の前の板を良く見ると、確かに板の端が浮いている。
――うん。危ない危ない。危ないから後ろからつっつかないで?
僕は浮いた箇所を避けるように、板に脚を載せていく。
神経を使う道程。
――既に黒髪少年に声を掛けられた場所からは、3倍は奥に進んでいるんじゃないかな?
ユニィも随分前から無口になり、僕の気力も――飴玉と共に溶けようとしていた。
『まだなの?』
僕の気力が尽きようとしたまさにその時。黒髪お兄さんの待ち望んでいた声がした。
「さぁ。着いたぞ!」
僕は目線を脚元から上げる。
同時に背中からユニィの声がした。
「――凄い」
目を上げた僕の視界に映るのは――白。
一つ一つは小さいはずなのに、それでもなお緑と青を押し退けるかのようにその存在を主張する白。
数が減ったはずのネザツレ草。その群生地に辿り着いたのだ。
「――ここまで回復させるのに10年以上掛かったんだ」
黒髪お兄さんが目を細くしながら教えてくれた。
ネザツレ草の数が減り始めてから数年間。
価格の高騰とともにわずかに残ったネザツレ草は争うように採取され、さらに数が減っていく。
そんな状況を解決するため、冒険者ギルドからの採取依頼に保護活動がセットになったのが約12年前――今では複数の群生地ができるまで回復したそうだ。
――何だか難しいけど――
例えば、ツノうさが美味しいから捕まえすぎたら居なくなった。だけど、捕まえるの止めたら増えてきたってことかな? ――それ、一大事だよ!
「うーん」
一竜納得する僕の横で、お兄さんの話を聞いたユニィが唸っている。
そして、僕に少し小声で話しかけてきた。
「――ねぇリーフェ。自分で言い出しておいてなんだけど、そんな貴重な薬草貰っちゃっていいのかな?」
――うん。やっぱりユニィは真面目だね。でも僕が感じたのは――僕がその疑問を口にしようとしたとき、横から声がした。
「貰っとけよ」
声の方を向くと、黒髪少年がすぐそばに立っていた。
「ネザツレ草は良く効く傷薬の原料なんだろ? 俺達見習いがこういう依頼を受けているのも、薬師に薬を作ってもらうためなんだからな」
そのまま周りを見渡すと、黒髪お兄さんと金髪少年が僕達を――いや、黒髪少年の方を見ていた。
その目はまるで――父竜と母竜が僕を見る目のようだった。
――――――
「ここでの僕達の採取本数は――5本だね」
黒髪お兄さんが何かの紙を見ながら黒髪少年と金髪少年に声を掛ける。
少しの休憩の後、僕とユニィは薬草採取を見学していた。
どうやら、ネザツレ草は採取場所と本数を分散管理しながら採取するようだ。
――うん。面倒だけど――あの話を聞いた後だと仕方ないと思えるね。
僕達は、群生地を順に巡っていく。
途中、群生地以外のネザツレ草を見つけると、金髪少年が紙に何か――多分場所とか本数だと思う――を書く。
その様子をユニィが興味深そうに眺めていた。
――――――
――目の前で左右に揺れる。
かと思うと、次の瞬間にはピンと真っすぐに伸ばされる。
湿原で出会った女の子が乗っている騎竜の尻尾だ。
初めに見つけた時は密猟者かと思ったが、流石に俺より年下に見える子が密猟者とは考えにくい。
マルクさんやバーツと相談してその子に事情を聞いてみると、やっぱり何も知らなかった。
――というか「湿原のどこにでも大量に生えていると思ってた」って何十年前の話だよ!?
ちょっと薬師の方は胡散臭い気がするが、女の子に罪はなさそうなので謝り倒しておいた。
なんか、バーツが生暖かい目で俺の方を見ている気がしたが無視しておいた。――後で締めてやる。
ネザツレ草の群生地につくと、マルクさんがネザツレ草の保護活動について語り始めた。
俺も出発前に聞いたばかりの話だ。
――ああ。そういうことね。
要はこれも保護活動の一環。
教育というか――けいもー活動? ってやつだ。
ネザツレ草1束渡しても十分お釣りがくるな。
――そう思って俺も彼女に出発前に聞いた話をしたんだが――なんだその生暖かい目は。
マルクさんは良いけどバーツ。お前は許さん。
相変わらず目の前で左右に揺れる。
時々歩みが止まるのでぶつかりそうになる。
まぁ、時々当たっている気がするが気のせい。気のせいだ。
――ちょっと固めで触り心地良いな。
そうして辿り着いた4箇所目の群生地だっただろうか。
「なっ――!?」
先頭を歩くマルクさんの息を飲む声が俺の所まで聞こえてきたのは。




