29.黒髪の少年
木の板でできた道――僕達は、今その道を辿っている。
ぬかるんだ地面の上に板を1枚敷いただけ。ところどころ水上を橋渡しされた道を、ゆっくりと慎重に渡る。
念の為、ユニィは僕の背中の上だ。
『わあっ』
踏み出した脚が滑りバランスを崩しかける。
――どう考えても、こんなところで走るなんて無理無理。走ったらすぐに水面ダイブだよこれ。
先程から悪くなる一方の脚元に、僕の心は折れかけていた。
『――ねぇユニィ。これ以上は無理だよ。戻ろうよ』
「うん、そう――だね。仕方ないよね――って、あれネザツレ草?」
バランスを崩さないように、慎重に反転しようとしていた僕を、ユニィの言葉が遮る。
僕はユニィの指差す方に顔を向けながら答えた。
『違うよユニィ。あの草は小さくて白い花だけど、葉っぱが細くて枝分かれしてて――あれ?』
――おかしい。あの草ネザツレ草の特徴にそっくりだよ。
僕はユニィの手元のサンプルを見る。
うーん。どう見てもネザツレ草だ。
――近づいて目を凝らして見ても、違いが分からない。
そんな僕にユニィが声を掛ける。
「とりあえず摘んで帰ろうよ」
『――それもそうだね。ツノうさおばさんに見てもらおうか』
そう言ってかがんだ僕の背中から、ユニィが手を伸ばしたその時だった。
「そいつはダメだ!」
背後からの鋭い声。とっさに振り向く。体ごと振り向いてしまう。
『あっ』
「え?」
滑る足裏。傾く体。
スローモーションのように斜めになっていく視界の中で。
――捉えたのは、目を大きく開いた黒髪の少年の姿だった。
――――――
――くしゅんっ。
大きな布に包まったユニィが焚き火にあたっている。
その傍には、頭を下げる黒髪の少年がいた。
「本当にごめんっ!」
「もう良いですよ。私達が悪かったみたいですし……」
そんな少年にユニィがもう気にしていないことを伝えている。
――僕? 僕はとっくに気にしていないよ? 大人だからね。
それよりも――
僕は飴玉を口の中で転がしながら、黒髪少年の仲間達を見る。
黒髪のお兄さんと、金髪の少年。
ユニィが体を拭いて服を干し、少し落ち着いたところで彼らから自己紹介を受けていた。
黒髪のお兄さんが引率役のマルク。黒髪の少年が見習いのアール。金髪の少年は同じく見習いのバーツ。彼らは『冒険者』だそうだ。
彼らはここから徒歩で3日ほど離れたところにある、シュトルツという町から薬草採取に来ているらしい。
――冒険者は、みんなユニィの村の門のとこにいたような怖い人ばかりだと思ってたけど、優しそうな人もいるんだね。うん。
で、先ほど僕達に声をかけた理由は――
「まさか、ネザツレ草がそんなに少なくなってるなんて――どうしよう」
ユニィが呟く。
そう、20年ほど前からこの辺りのネザツレ草が激減していて、今は湿原の中心部付近にしか生えておらず、採取量も制限されているようなのだ。
当然勝手に取ったらめっちゃ怒られる。多分。
「そういえば、君――ユニィちゃんと言ったかな? ユニィちゃんも冒険者見習いだと思うけど、どこから来たの?」
黒髪お兄さんがユニィに尋ねる。
「いえ――私達は冒険者ではありません。クオルツ村の薬師の方から薬草採取をお願いされてここまで来ました」
ユニィの答えにお兄さんは少し目を大きくしてから、僕の方を見て頷いた。
ん? なぁに?
「そうか――冒険者じゃない上に、そんなに遠くから来たんなら知らないのも無理はないのか」
「――何とか入手することはできませんか?」
「僕達の採取分からお詫びに少し分けることはできるけど――1束が限界だね」
「1束――ですか」
ユニィがわずかに下を向く。ちょっとだけ悲しみの感情が伝わってくる。
『しょうがないよユニィ。ツノうさおばさんには事情を説明するしかないよ』
「そうだねリーフェ――それではマルクさん。その条件でお願いできますか?」
「ああ分かったよ。ただ、ネザツレ草はまだ1束分も採取できていないからね。これから薬草採取を再開するんだけど――君も来るかい?」
黒髪お兄さんの提案。僕達にはその提案を断る理由は無かった。




