287.樹上の影
気を失い。
倒れ伏すサギリは放置して、頭上を見上げる。
リーフェが向かったであろう、この事態の元凶――『導き』の理を司る枝。
この位置からではリーフェの動きは全く見えないんだが――リーフェの奴は上手くやれてるのか?
両眼に力を込めて集中する――だが。
枝の根元辺りにちらちらと何かが見えただけ。遠すぎるので細かい所までは良く見えない。
視線を下ろし、再度周囲を見回す。
――あの枝さえ折ってしまえば。
実のところ。
あの枝を折った時に何が起こるのか――全てが分かっているわけではない。
言ってしまえば。今俺達がやろうとしていることは、この世界の理を曲げる行為に他ならないのだ。
その結果、何か世界を揺るがす重大な事件が起こったとしても不思議ではないし、逆に大したことは何も起こらないのかもしれない――だが。
少なくとも、確実にこの場に居る奴らは正気を取り戻すだろう。
瞳を青く染めたままの相棒を見る。
何だか顔が歪んでいるようだが――伝わってくる感情は喜び一色。
――こいつはそのままの方が幸せそうだがな。
そのまま、再び頭上を見上げる。
やはりここからでは――
『ほんと。あのバカ。あんなところで尻尾振り回して何やってるのかしら』
――おいおい。
サギリ、お前もう目を覚ましたのか?
いや――それよりも。
『お前。アレが見えるのか?』
『何言ってるの、当り前じゃない。マーロウ――貴方。本ばっかり読んでるから、目が悪くなったんじゃないのかしら?』
そうか――アレが見えるのか。
それならもう少し詳しい状況が分かるかもな。
『――――そんな事よりも、リーフェよリーフェ。あのバカ何やってるのよ』
――そうだな。
こいつにはどこまで話すかな。
――――――
頭が――痛い。
酷い頭痛に目を覚ます。
最悪の気分。
そうね。こんな時は――と自分の周りに目をやる。
だけど――
どこにもその姿が見えない。
――まったく。一体あいつどこに行ったのよ。
見つからないその姿にイライラが増しながらも。
なおも周囲を見回し続けて――判断力の鈍っていた私も、ようやく異常に気付いた。
そう。ユニィもマーロウもその他の三にんも。
頭上の――大きな樹を見たまま動かないという事に。
――あの樹に何か?
そう思って。目を凝らしていて。
そこに動く影に気付いた。
あれは――そうね。あんなところに居たのね。
でも――一体何をしているのかしら?
先程から、何度も何度も尻尾を振り下ろしている影に。
ここからでも分かる金色の瞳に。
言いようもない異様な雰囲気を感じる。
もしかして――この場の皆の様子がおかしいのは、あのバカのせいなのかもしれないわね。
そんなことを考えながら、影の動きを目で追っていて――
視界の端の別の動きに意識を戻した。
慌てて動いたものを目で追うと――先程まで頭上を見上げていたはずのマーロウだった。
――私と同じように辺りを見回した後、頭上の――リーフェの居るあたりを眺めている。
『ほんと。あのバカ。あんなところで尻尾振り回して何やってるのかしら』
もしかしたら。
マーロウなら何か知っているかもしれない。
そう思って聞いてみたのだけれど――
『お前。アレが見えるのか?』
帰って来た返答は――思っていたものとは少し違うものだった。




