282.理不尽
『助かった。リーフェ』
マーロウの言葉に頷きを返す。
――いや。なんのことかはさっぱり分かんないんだけど、雰囲気で。
それよりも――
『なぁマーロウ。なんだかさっきからみんな反応が無いんだけど――マーロウなら理由。分かるんじゃないか?』
――今はこっちの方が重要だ。
この場にいるみんな――めんどくさそうな約一名は除く――に声を掛けてみたけれど、反応が有ったのはマーロウだけ。
一体みんなに何が起こっているのか。そして、無事なのか。
『助かった』と漏らしたということは、マーロウなら何か分かるかもしれない。
そう思って聞いてみたんだけど――――
『――ん? ああ――別に悪いことにはならねぇだろ。心配すんな』
それだけ言って、再び上を向く。
――いやいや。
なんの回答にもなっていないからね?
普段なら僕も『それなら大丈夫だね』と思うところなんだけど、今の状況は流石に異常だ。
少しだけ声が大きくなった。
『悪いことって何だよ。それに――さっきの『頭の中に入ってくるな』ってどういうことさ。なぁマーロウ。一体何が視えたんだ? 今何が視えてるんだ?』
だけど――返答はない。
代わりにぶつぶつと呟く声だけが聞こえた。
『この枝は――いやこっちの――くそっ、またか――』
――あー。
これしばらく回答は無理なやつだね。
どうやら、また視るのに夢中になっているようだ。
仕方なく、自分でなんとかしてみることにした。
頭上を見上げたまま立ち尽くすサギリの元へと近付く。
『おい! サギリ! なんとか言えよ!』
まずは耳元で大声を上げてみた。
――だけど、やっぱり何の反応もない。
続いて尻尾で脇腹の辺りをつついてみる。
初めは軽く。徐々に強く。
――サギリの体が揺れるほどつついたけど、反応はない。
『しかたないなぁ』
仕方なく――そう、本当に仕方なく。サギリの横に回り、僕は尻尾を振り上げる。
狙うは背中。
痛みはほとんど無いところだけど、衝撃は十分に伝わるはずだし、これで目を覚ましてくれると思う。
『ひご――じゃなかった。ごめんサギリ!』
――だけど。
僕の尻尾はサギリに触れることなく、地面を打ち。
代わりに衝撃が走る――――僕の背中に。
――あれ?
驚いて目の前のサギリを見たけど、相変わらず頭上の大樹を見上げたまま。
だけどなぜだか僕の尻尾は、サギリの後脚の下にあって。
あまりにもの理不尽さに。
困惑するばかりだった僕は、そこでようやく気がついた。
サギリの瞳が――いつの間にか銀色に染まっている事に。




