279.央樹
地表を離れ浮上していく視界。
上昇すればするほど、その速度がだんだんと速くなる。
上を見上げれば、徐々に大きくなる光。
初めは丸い点に見えていたその光も、今は十分に何らかの形を持つものだと認識できる。
――――。
『あれ? ユニィ。今何か聞こえなかった?』
近くに浮かぶユニィに聞いてみた。
「――――え? 何も聞こえてはこないけど――」
『そうなの? うーん。空耳――かなぁ』
確かに今、何か聞こえた気がしたんだけど――僕の気のせいだったみたいだ。
もう一度、頭上に輝く光を見る。
その姿は、目を離した一瞬の間に随分と大きくなっていた。
いや。こうしてみている間も、急激に大きくなっている。
石ころぐらいに見えていたのが、ユニィの頭ぐらいになって。
見ている間にもユニィの背丈ぐらいになって。
もうここまで来ると、その光は輝きを放つ樹木だと分かる。
分かれ伸びた枝には、一面光放つ光球が浮かび。
土は無いのに、宙を掴むように根は大きく広がり。
その姿は大きく大きく視界を埋め、塗りつぶし――って。
『ちょっとマーロウ止めて! このまま行ったらぶつかっちゃうよっ!』
少し離れた位置で浮かぶはずのマーロウに叫んだ――けど、返答がない。
そのまま樹木から目を離せない僕の視界には。
樹皮の皺、一本一本まではっきりと映りこんで――
『すまんな。お前だけ術を解除し損ねた』
衝突寸前。
脚元からの声と共に、体の動きが止まった。
声の方を見ると、少し離れた位置にステュクスのおじさんが腕を組んで浮かんでいる。
――いや。
心配そうにこちらを見るユニィも、何か言いたげにこちらを睨むサギリも。
辺りを見回すトリムの兄貴も、瞳を青く染めたマーロウと原色おじさんも。
僕以外は全員――その辺りに浮いている。
――どうやら、危なかったのは僕だけだったようだ。
少し理不尽なものを感じつつも――不格好な泳ぎのようなものを披露しながら、みんなの元へと下りていく。
『相変わらずどんくさいわね』
「リーフェ大丈夫?」
目の前まで下りたところで、サギリとユニィが声を掛けてきた。
いや――サギリのは単なる悪態か。
ユニィにだけ頷きを返しながら辺りを見回す――と、僕以外のみんなは空中に立っていることに気付く。
どうやら、この位置に見えない地面みたいなものがあるようだ。
恐々と片脚を伸ばして見えない地面を探ってみると、意外にあっさりと足裏に弾力を感じた。
2、3回足先でつついて安全を確かめると、僕はそのまま見えない地面の上に立つ。
そしてふと。
僕はそのまま頭上を見上げた。
巨大な。巨大な。
世界の中心に根差すその大樹。
高さは優に500mを越え、幹の直径は太い所で50mは有りそうだ。
遠目で見た時は、枝に無数の光球が浮かんでいるように見えたけど――それらは光を放つ葉だった。
そして宙を掴んでいるだけだと思っていた根は、今僕達が立つ見えない地面にしっかりと根を張っている。
そんな大樹を僕は――半ば呆然と見上げ続けていた。




