28.湿原に咲く花
木々の間を駆け抜ける――
目前に迫る木立の切れ目。
次の瞬間、僕達の前にその視界が開けた。
「わぁ――」
ユニィが思わず驚きの声を上げるのも無理はない。
そこには一面の青い草原。そして草原の中に時折きらめく水面。
僕も村のみんなと行く遠足で、色々な所に連れて行ってもらっているけれど、ここまで景色の良い場所はなかなか無い。
『ねぇユニィ。早く薬草探そうよ』
――だけど、見惚れていてもしょうがない。僕はユニィを促す。
「う――うん。そうだね――」
うーん。
やっぱり、ユニィの返事は歯切れが悪い。なんでだろ?
それに――何だかユニィから不安定なふわふわした感情が伝わってくる。
――もしかして、失敗することを怖がっている? まさか。ユニィが?
やっぱりおかしいよ。
『どうしたのユニィ? いつも自信満々のユニィらしくないよ?』
「――えっとね」
ユニィが――ポツポツと話し始める。
「カロンさんのところで、話したでしょ――私がヨモ草ぐらいしか薬草採取したことがないって」
『そうだね。でも、サンプルも借りたし大丈――』
「だけどね!」
僕の言葉はユニィの声に遮られる。
「私がヨモ草を取りにいくとね! みんな。みんなお腹を壊すの! それでみんな「ユニィちゃんにはまだ早いかな?」って。だから――だから――」
僕は察した。そう。今日の僕は少し大人なのだ。
『大丈夫。大丈夫だよユニィ』
僕は振り返って背中のユニィを見る。
――ああ。また濡れ猫顔になっている。
僕はユニィの不安な気持ちを取り除く。でき得る限りの優しい声で。
『――僕のお腹はとっても強いから』
――――――
『まだ痛いよー。ユニィ』
「ごめんね。リーフェ」
あの後、激しく泣いたユニィに頭をポカポカ叩かれた。
大人になるって大変だ。
――だけど、ひとしきり泣いてユニィも落ち着いたみたい。
『とにかく――サンプルもあるし、最悪ツノうさおばさんが見てくれるんだから問題ないよ』
「そっかぁ――うん。そうだよね。カロンさんが最後は選別してくれるもんね」
ユニィの表情が少し緩む。
おそらく、ツノうさおばさんもその辺りは織り込み済――と思うことにした。
お駄賃は減るだろうが、ユニィの笑顔には代えられない。僕達の友情は決してお金には代えられないのだ。
気を取り直した僕達は湿原に生えている草に近づく。
地面がぬかるんでいるので、ユニィは背中に乗せたままだ。
――ツノうさおばさんの話では、白い小さな花が咲いているらしいけど――
僕はユニィの手元のサンプルを見る。
乾燥しているので花の色はわからない。ただ、確かに花は小さく、葉っぱは細くて枝分かれしている形だ。
「これだね!」
ユニィがひとつの草を指さす。
――うん。お花は白いけど大きいし、葉っぱが丸いよね。
『ユニィ。違うよ。もっと手元のサンプルを見た方が良いよ』
「そう? うーん。確かになんか違うね――あっあれ! 今度こそネザツレ草だね!」
――あっ! まだ摘まないで。それ違う草だから!
――――――
ユニィを背に湿原の外周を歩き回ること5分。
背中から手を伸ばすユニィを何とか思い留まらせてたんだけど――
『薬草見つからないね』
一向にネザツレ草らしき草は見つからない。
ちょっと場所を変えたほうが良いのかな?
「ねぇ、あっちの方に行ってみようよ」
ユニィも同じ気持ちだったらしい。でも――
『ユニィ。そっちの方は危ないよ?』
実際に歩いて分かったけど、湿原は水の見えるところに近づくほどぬかるんでいて、もの凄く歩きにくい。
この辺りだと何とか走れそうだけど――中心部に近づいたら、歩くことすら困難になるんじゃないかな? 多分。
「でもね。あっちに道みたいなのがあるよ」
言われて僕もユニィの視線の先を見る。
そこには、ところどころ木の板を渡した道が見えた。
――そうか。そうだよね。
ここに来るのが大変だからといっても、薬草採取しているのは僕達だけではないんだ。
――いや、むしろこれを生業にしている人が居たっておかしくない。
それを考えると、採取のしやすい外周部に薬草が残っている訳がないよね。
『そう――だね。道を辿って行ってみようか』
この時の僕は少し油断していたのかもしれない。
ぬかるんでいても、道の上なら走れる――って。




