275.いつもの
『もう大丈夫?』
10分ばかり泣きじゃくって。
ようやく首から離れたユニィに問いかける。
「――うん」
目はまだ真っ赤だけど――伝わる感情はその言葉通り。
随分と落ち着きを取り戻したようだ。
本当なら、このまま完全に落ち着くまで待った方が良いんだけど――
『それじゃあ――えーと。そうだ。ステュクスおじさんを紹介するよ』
――隙を見せるわけにはいかない。
僕は間を置かずに声を掛けると、そのまま――聞こえる風切り音から目を逸らすように、ユニィを促し振り返った。
――はずなのに。
「――いやぁ。話には聞いていましたが。これほど高位の闇因子を持った脚竜族と会えるなんて、感無量ですね」
振り返った先では。
いつの間に来たのか、原色おじさんがステュクスおじさんに絡んでいた。
薄暗いので色がはっきりとは分からないけど、相変わらずの原色――今日は黄色一色の服を着ているようだ。
「ところで、あなたのクラスは何でしょうか? 『ダークネスラプトル』とは違うようですし。それに、年齢は? 今までどこに住んでいたんですか?」
ステュクスおじさんが、あの時の僕みたいに質問攻めにあっている。
これはしばらく――無理そうだね。
『ごめんね、ユニィ。紹介しようと思ったけど、しばらく無理――』
謝りながら、再びユニィの方に振り返ろうとして――背中に衝撃が走る。
『――って何すんだよ。サギリ!』
振り返ると、再び尻尾を振り回すサギリ。
どうやら、隙を見せてしまったようだ。
抗議の意味も込めて睨みつけると、サギリが口を開いた。
『リーフェ。貴方もうちょっと皆に感謝しなさいよ』
『何言ってんだよ。ちゃんと感謝してるって』
『――そう? 『ありがとう』なんて言葉、私聞いてないけど?』
――思わず無言になってしまう。
そう言われれば、ユニィにもまだ『ありがとう』って言ってない。
だけど――このまま言うのはちょっとだけ癪な気がして。
そのまま黙っていると――今度は背中を小突かれた。
『おいリーフェ。今回のはサギリが正しいだろ? 意地なんて張るなよ』
言われて。ユニィを見て。
僕は――気付いた。
『――ありがとう』
「うん――うん」
『ふん。言うのが遅すぎるのよ』
――でも、やっぱりちょっと癪かも。
サギリに一言だけ文句を言う為に開いた口は――だけど。
マーロウの言葉に遮られた。
『よし――合流もできたし、それじゃ次行くぞ』
――え?
一瞬だけど、思わず思考が停止する。
えーと。
さも当然のような口ぶりだけど――一体何を言ってるの?
僕だけでなく、ユニィからも困惑の感情が伝わってくる。
『は? 次っていったい何の話よ。後は帰るだけでしょう?』
『――そうだよ。帰り道は分かってるんだろ?』
真っ先に反応したサギリに続けて、僕も何とか疑問を口にした。
口にして――気付いた。
そう。マーロウがこんな事を言う時は、いつもの――
『せっかくこんな所まで来たんだ。お前もあれ。見てみたいだろ?』
そう言いながら頭上を見上げるマーロウの顔は。
『面白い物を見つけた』――そんないつもの顔だった。




