272.再世の記
――無言。
期待を込めて相棒と老人の会話を聞いていたんだが――
これまで片言ながらも遅滞なく返答していた老人の口が、止まっている。
もしや――機嫌でも損ねたか?
あまりにもの長さにそう思い始めた頃、再び老人が口を開いた。
「説明、難しい。はじめから話す」
――――――
《再世の記》
《かつて世界は球の如く丸く。世界は全て表であった。
ある日。世界の中心に「異端」が根を下ろした。
誰にも気づかれることなく。
密やかに。密やかに。
「異端」は世界を己が内へと飲み込んでいった。
北の地に。そしてほどなく南の地に。
世界を穿つ大穴が現れ、人々は異変を知った。
ただ逃げる人々。
ただ惑う人々。
そして――抗わんとする人々。
積年の末についに「異端」の存在を知覚し。
人々がその動きを封じんと動いた時。
「異端」は突然その姿を消した。
淡く光る一粒の種と――世界の大半を喰らった後の、空隙のみを残して。
「異端」が消え、人々は安堵した。
だが――次に人々に牙をむいたのは、歪となった世界そのものだった。
失われた世界の重さだけ、人々は平衡感覚を失い。
地表の水は、尽き果てるまで空隙へと流れ込み。
生在る者達は、空隙を満たす『力』に狂い踊る。
「異端」に抗いし人々。
分かれて世界の再起を図る。
一つは、世界の表側に立ちて。
『力』に狂いし「魔」を払い。
崩れ行く大地を連結し繋ぎ留め。
世界を導く標となり。
一つは、世界の裏側に立ちて。
失われた重さに代わる『力』を空隙より生み。
流れ落ちる水を表側へと循環させ。
世界を支える礎となった。
世界は均衡を取り戻し、人々には安寧が齎された。
されど――忘れること勿れ。
世界は揺らぐ。
『力』溢れ「魔」が蔓延るも。
還流が滞り『力』が淀み留まるも。
幾度も。幾度も繰り返す。
忘れること勿れ――》
――――――
相棒がまとめた老人の話を、ふたりで再度確認する。
ユニィは早々に戦力外。
サギリに至っては初めから話など聞いていないので、俺と相棒ふたりでの確認だ。
『そうだな――』
俺は気付いた点を、相棒に告げていった。
本エピソードは次回までの予定です。




