269.邂逅
『ここまで来ればもう大丈夫――だよね?』
荒くなった息を整える。
魔人族の集落――僕達が囚われていた部屋から脱出して、30分以上は走っただろう。
今。僕達の眼前には水面が広がっている。
これ以上あの集落から遠ざかるためには、この広大な川を越える必要があるだろう。
『――おい』
いや――と僕は自ら否定する。
これまでステュクスのおじさんと一緒にうろうろと探索してきたけれど、どの方向に向かっても、2日と経たずにこの川へと行き当っている。
この意味する事を一言で表すのならば、今居るこの場所は広大な川の中に浮かぶ大きな島。そういう場所だということなのだろう。
つまりは――集落から遠ざかるだけではなく、まだ探索していない場所に向かうという観点でも、この川は超える必要があるということだ。
僕は決意を新たにして、広がる水面を――
『――おい。無視するな』
仕方なく振り返る。
――うん。振り返らなかった方が良かったかも。
声の調子以上に、その表情から怒りが伝わってくる。
『口裏合わせるんなら、事前にそう言うべきだろう? ――あと。なぜ俺の昼飯まで食いやがったんだ?』
――うんうん。
とりあえず、前半部分に頷いておく。
後半部分?
おじさんの視線の鋭さを見る限り、リアリティを追求しようとしたとか、今更どんな言い訳をしても無駄だろう。
本当は、単にお腹空いて我慢できなかっただけだし。
――そういえば。
食べ物の話を考えていて、思い出してしまった。
魔人に捕まった時に、武器になりそうな物――魚を採るための銛を取り上げられていたのだ。
まだマーロウとかユニィとかから送られてきた乾燥食は残ってるけど、正直美味しくない。
新たな食材も手に入らなかった今、魚の確保は喫緊の課題と言えるだろう。
『待ってて。お魚だけでも何とかするから』
未だ不機嫌なおじさんにそれだけ告げて、『サーチ』の術を起動する。
また、ユニィに送ってもらわないとね――
『――って、あれ?』
『ポケット』を繋げる前に気付く。
この方向、この距離って――
『魔人の集落? そう言えば――僕がもう脱出できたこと、知らせてなかった――かも』
うーん。
手遅れかもしれないけど――手紙ぐらい入れとこうかな?
えーと。文面は――
『――おい。そこの脚竜族』
突然。
背後から耳慣れない声がした。
振り向くと、水面から長く伸びる首。
そして――
『この辺にユニィってのが居なかったか?』
――誰? この首の長いヘンテコな竜。
何でこの竜、ユニィの事知ってるの?




