268.脱走
『元はと言えば、おじさんが悪いんでしょ!』
『は? 何の警戒もせず呆けてるてめぇに言われたくはない!』
『何度も同じこと言わせないでよ!』
『それはこっちのセリフだ!』
狭い部屋の中に反響する、僕達の怒号。
怒号に怒号が重なり、まるで耳の中で怒鳴られたかのような音量だ。
――と。
前触れも無く、凄い勢いで扉が開いた。
その動きに、瞬間的に目をやる。
開いた扉の向こうには、槍を構えた二人の若い魔人が見えて――
『シールドっ!』
待ち構えていた僕は、直径1cm程に細分化した『ポケット』で、槍の穂先を空間に固定した。
同時に――
「かうてり!」
「たぶりすもら」
「にぬ? だえうえかたかろ」
こちらの動きに気づき、扉を閉めようとした魔人が困惑の声――と思しき声を上げる。
――でもね。
僕が止めたのは槍や扉だけじゃないんだ。
「いすぐえがきにう!」
「あろま!」
同時に足も。そして、足に気を取られた隙に上半身も。
100を超える小さな『ポケット』が――魔人達の手足の関節を囲み、拘束している。
『どいててねっ』
そのまま――『ポケット』の座標を操作し、二人の魔人を壁際に寄せた。
『おじさん!』
『おう!』
僕の合図におじさんが応えて前に出る。
「待たれよ。客じ。おち――――」
――邪魔。
若い魔人達の後ろに居た老人も、『ポケット』で拘束して脇に寄せる。
何か言い掛けていたけど、聞いている暇はない。
僕達は、その脇を抜けて駆けだした。
部屋から逃げ出した僕達は、建物内の入り組んだ通路を抜けていく。
『そこを左! その次は右! 次は――真ん中!』
先行するおじさんに、最短ルートを伝える。
あの部屋にいる間に、『スキャニング』で建物の内部構造は把握済だ。
随分と地下深くに閉じ込められていたみたいだけど、このままいけば、間もなく外に出られそうだ。
『そこの角を曲がった先が出口だよ――って、待って!』
『いや、このまま行くぞ!』
『スキャニング』の反応を見て止めようとした僕の声に、おじさんの声が被る。
本当に大丈夫かを問い直す時間もなく、角を曲がり、その先を視覚でも捉え――その瞬間、視界が闇に包まれた。
――『暗幕』? だけど――今度は効かないよ。
そのままおじさんに向けて『サーチ』の術を使う。
紫色の光は、10cmも伸びずに暗幕に飲まれた――けど。今はその方向が分かれば十分だ。
魔人達を躱すのはおじさんに任せ、僕はひたすら後を付いていくことに専念する。
おじさんが左にいけば左。右にいけば右。
左右に動きながら走るおじさんの動きを追うように、僕も左右に動きながら走る。
時間にすれば一瞬の、最後の通路。
暗闇の中、永遠にも思えるその通路を抜け――僕達は、魔人達から逃げ出すことに成功した。




