265.伝わらない心
蠢く紫光が――活発な魔物の動きを示している。
その蠢きを確認した僕は、気取られる可能性を少しでも減らすため、『サーチ』の術を解除した。
遠目に見えていた集落も、既に目と鼻の先。
石積みの塀とその切れ目――門と思しき場所も、もう視界の中だ。
『――おじさん』
『ああ』
交わす言葉も短く。
駆ける勢いのまま門を潜り抜け、集落へと踏み込む。
まだ見ぬお宝を掛けた、魔物との死闘。
襲い来る魔を払い、滅びた集落に残されたお宝を奪取する。
あるいは。
今まさに魔物達に襲われている集落にて。
颯爽と登場し、猛り暴れる魔物達から人々を守り――その後歓待を受ける。
そんなものを想像していた僕達の。
その目の前に現れたのは――
「もぜるすうくまな。かうてにぬ」
「あう! でぃろきめりあしやどかう!」
「いろみい。だかしくちぃ?」
何だか、訳の分からない言葉で話し掛けてくる人族達だった。
『一体何なんだこいつらは!』
『そんなの僕が聞きたいよ!』
初めは三人しかいなかった人族達も、僕達が戸惑っている間にどんどんと増えていき――僕達は既に老若男女、数えきれない人達に囲まれていた。
僕達を囲う全ての人達は皆が皆、黒っぽい色でだぶだぶのローブの様なものを纏っている。
その上――
「にぬきにうちざ」
「ううに。かなじりじり」
「ぎゅろぎゅろきゅるきゅるにぬうとれかうてり?」
「ひずもむち。くけるざけずの?」
「はた! はどむち!」
――何を言っているか分からないのが気持ち悪い。
特に。何だか分かりそうで分からない、そんなところが余計に。
ただ。
僕達脚竜族の言葉が聞き取れていないことは、間違いないと思う。
途中、何か「きゅるきゅる」とか言ってたし。
そんなことを考えていると、突然。
囲んでいた人達が静かになり、囲いの一部が左右に開いた。
――もしかして、逃げ出すチャンス?
そう思ってその空間の方を向くと、そこには一人の老人が居た。
周囲の人と同じローブを身に纏い、杖を突いた老人は――見た目からは驚くほど張りのある声で、僕達に語り掛けてきた。
「ようこそ表の客じ。私の言葉分かるか? 脚竜族思う。みな声聞こえない。ごめなさい」
片言だけど、ようやくの意味の分かる言葉に安堵する。
どうやら、僕の予想通り脚竜族の声は聞き取れないようだ。
それなら――返答の代わりに首を縦に振る。
「うれし」
そう言いながら、杖を差し出してくる。
どうやら、仕草は正しく伝わるようだけど――これは?
僕が首を横に傾けると、老人が続けた。
「文字読める」
そう言いながら、地面に《いろは》と文字を書く。
――どうやら、この杖で地面に書いて欲しいということらしい。
『俺がやろう』
ステュクスのおじさんが老人の手から杖を受け取り、地面に文字を書き始めた。
《ここはどこだ? おまえたちはなにものだ?》
「こ、こ、は……」
その文字を、おじいさんが一字ずつゆっくりと読んでいく。
一字一字確かめるように。時々難しい文字があるのか詰まりながら。
――うーん。もしかして時間掛かるかな――って、そう言えば。
僕は思い出す。
この集落に入る前。『サーチ』の術に示された大量の魔物の反応を。
あの反応は一体今どこに?
もし、この人達が気付いていないのなら早く伝えないと――
そう気付いて、慌てて『サーチ』の術を起動して。
――――。
僕はその結果に絶句する。
そして――
『まさか、お前ら皆魔物か?』
周りの人達に吸い込まれる紫の光。
その光景に呆然とする僕を尻目に、おじさんが素早く身構える。
『――『暗幕』!』
その言葉に、僕も慌てて身を守るように体を丸めた。
『暗幕』はおじさんの得意な術だけど、僕まで視界が奪われる。
その間は無防備になるので、こうやって身を守る必要があるのだ。
「えぃ!」
「にぬせろ!」
『むぅ!』
「さうててきみおら!」
僕が体を丸めている間も、周囲からはドタバタと暴れる音の他、意味不明な言葉が聞こえてくる。
だけど――何が起こっているのか。
僕には確認する術はない。
ただ、この黒い靄が晴れるまで体を丸めて、身を守るだけだ。
そうして――靄が薄くなり、視界が徐々に晴れてきて。
僕は気付いた。
僕の周りを囲う槍の穂先と、取り押さえられたおじさんに。




