257.常識の外
息をゆっくりと吸っては吐くことだけを繰り返す。
ただ息を整えることに注力した俺の耳に、サギリとユニィの声が遠く聞こえる。
『この辺り――何だか久し――するわね』
「うん――だ半年と少し――のにね」
何やら辺りを見回しているようだが、今の俺に他者の会話にまで意識を傾ける余裕は無い。
そのまま――サギリを睨む。
狭苦しく、満足に走り回ることのできない船上の生活。
半月以上続いたその束縛から解放された気持ちは、俺にも良く分かる。
分かるのだが――全力で走るのは一竜だけの時にしてくれないか?
俺も脚竜族。当然それなりに走ることはできる。
とは言え、それはその辺の平凡な竜と比べてのこと。
『スイフトラプトル』の全力に敵うはずもない。
そんなことは俺も当然分かっていて、自分のペースで走っていたはずなんだが――それでもペースを乱されていたらしい。
その結果がこのザマだ。
出発早々1時間かそこらで休憩を入れざるを得ないなど、屈辱的ですらある。
『もうそろそろ大丈夫なのかしら?』
俺の睨みに気付いたサギリが。
何をどう解釈したのか、休憩の終わりを提案して来た。
――一体どんだけ走り足りないんだ? こいつは。
とりあえず適当な返答で場を繋ぐ。
『ちょっと待てよ。まだ、考え事の最中だ』
『――そう。それなら仕方ないわね。休憩の後は本気を出して全力で走るから、よろしくお願いね』
――何もよろしくない。
よろしくはないが、それを言っても伝わる望みは薄い。
今日はフォリアの町まで辿り着けば良いのだ。中途半端に距離を稼ぐ必要はない――だが。
休憩後はもう勝手に走らせておくことに決めた。
――――――
『遅かったわね』
『お前が早すぎんだろ』
フォリアの町。
街門の前に立つサギリの言葉に、反射的に本音が口を衝く。
――そう、本音だ。
以前から、素の状態でも足の速い奴だったが――さっきのは一体何だ?
『スイフトラプトル』お得意の『加速』の術を使って加速したところまでは理解できるんだが――俺の目が確かなら、そこからさらに2段階は加速していたように見えた。
もしかして――これが、リーフェの言っていたサギリの謎のユニークスキルとかいう奴か?
リーフェの話では、尻尾攻撃の威力が上がるスキルだという話だったが――
俺の目とあいつの話。 どちらを信じるべきかは明白だ。
『第一、お前――何のスキル使ったんだ? 3段階は加速していたぞ?』
『――は? 何言ってんの? 『加速』だけに決まってるでしょ。何度も加速してるだけよ』
――意味が分からない。
『加速』の術はこれまで何度も見たことがあるが、決して何度も加速するようなものではない。
『加速』の術による加速は一度きり。これが常識だ。
そんな常識から外れるなど――
――ああ。
お前も少しは楽しくなってきたじゃないか。




