256.別れ
「この度はどうも、お世話になりました」
「本当にありがとうございました」
「いえ、旦那。報酬は別に頂いておりますんで。それに嬢ちゃんも――我々も普通では得られないことを、経験させて頂いたんでね。礼を言うのはこちらですぜ」
相棒とユニィが頭を下げている光景を、船から離れて眺める。
この船が停泊可能な規模の港の中で、目的の地に最も近い港町。
王国北西のカリ何とかという港町に俺達は降りていた。
ここから目的地までは陸路を進むことになる。
半月以上を共に過ごした船員達とも、ここでお別れだ。
『貴方は挨拶しなくて良いのかしら? お世話になったんでしょ?』
――お前がそれを言うのか?
隣から掛かった声に、無言の視線だけを返す。
『あら? 私はちゃんと頭を下げといたわよ? お世話になった糧食担当の人に』
『迷惑をかけたの間違いじゃないのか?』
思わず口が出る。
食事の度に毎度『足りない』だのなんだの、伝わりもしないのに大騒ぎをしていたあれだろう。
熊型獣人の大柄なおっさんだったが――あまりもの困惑に、その体が小さく見えるほどだったからな。
『そんなことないわよ。いつもと違って嬉しそうだったもの――って、私の事はどうでも良いでしょ? 貴方はどうなのよ』
――どうやら、誤魔化せなかったようだ。
思わず舌を打つ。
『俺が言っても伝わんねーからな。無駄なことはしねー主義だって知ってんだろ?』
ユニィが特別真面目なだけで、相棒が俺達を代表して対応してるんだからそれで良いんだよ。
俺はこの話は終わりとばかりに顔を背けて――こちらを見ている視線と目が合った。
『――だから。何とかしなさいよ。それ』
――ああ。そういうことか。
俺はもう一度説明することにした。
次の目的地をネザレ湿原にしたこと。その理由について。
『――んなもん、たかが同じ魚が居ただけだろ? 不確実な話じゃねぇか。北から周る方が確実に行けるだろ』
『お前はともかく、俺達はどうやってそこまで行くんだよ。落ちてくのが分かってんのに船なんか使えねーつったろ』
本当に、余計なところに突っ込んできやがる。
確かに、結論ありきの理由だが――こんな時まで面倒くせー奴だ。
『ともかく――ここから俺達は内陸を進むんだよ。ここまで世話になったが、ここでお別れだ』
『てめぇ』とか『くそっ』とか聞こえてくるが、すべて無視する。
もう決めたことだ。
ここまで来て覆すなど、あり得る訳がない。
「あ。――トリムさんも、ここまでありがとうございました」
そうしている内にこちらに気付いたのだろう。
ユニィが近づいてきて、トリサンに手を差し出す。
「今回上手く行かなかったのは残念ですけど――またいつか御一緒させて下さい」
――その瞬間。俺は見た。
そう言ったユニィの顔を見ていたトリサンが――ニヤリと顔を歪めたのを。
『――いや。それなんだけどよ――後から俺も追いつくからな。また例の術。頼むわ』
――で。何を言い出したんだ? こいつは。




