254.道行く先は
穏やかな日の光と緩やかな風。
海面のうねりも小さく――あれほど警戒した西回風の影響も、どこにも見当たらない。
往路とは打って変わって、帰路の船旅は静かなものだった。
「――ぃ丈夫ですか? マーロウさん」
そんな中で掛けられたユニィの声に、少しだけ意識を浮上させる。
『――――ああ。悪い、考え事をしていた』
これから。
どうすべきか考えて考えて。
――未だ答えが出ない。
「あの――私達に協力して貰えるのは嬉しいんですけど、一竜でそこまで――」
『んな事、気にすんなよ。こいつは俺がやりたいからやってることだ』
「でも――」
『そいつはそういう奴なのよ、昔から。放っときましょ?』
「――――」
まだ何かを言っている気がするが、意識を割くほどではないと判断して思考の深みに戻る。
答えが出ないとはいえ。
俺達が今後取れる方策、その選択肢は多い訳でも――そして無い訳でもない。
今考えられる方策は四つ。
――だが。それぞれが一長一短で決め手に欠ける。何度考えても結論が出ない。
一つ目。
海底遺跡に再度挑戦する。
これは単純な話。水流操作に長けた高度な水術の使い手を連れてくるというものだ。
長所として、この方策であれば遺跡の位置は把握済みだ。さらには遺跡が『力』の濃い場所と繋がっていることまで確定している。その意味でのリスクは低いだろう。
一方で、それほどの高度な水術の使い手がそんなに簡単に見つかるのか。そしてそもそも、水術で対応可能なのかという話がリスクとして残る。無駄足となる可能性も少なくないだろう。
二つ目。
当初も考えていた、大陸最北端。黒の遺跡へと向かう。
これは遺跡の機能回復を期待するものだ。遺跡の機能さえ回復していれば、ユニィが近づくことで遺跡は再度その門を開くだろう。
長所は当然、リーフェが消えた時の状況を再現し、同じ場所へと向かうことができるという点だ。
だが――それほど都合良く遺跡の機能が回復しているなど、あり得るだろうか? これも無駄足となるリスクは高いとみている。
三つ目。
船でひたすら北へと向かう。
遺跡には頼らない。直接世界の裏側へと向かうものだ。
長所は確実に世界の裏側に到達可能だということ。
短所は――生きて到達できるのかが分からないこと。そして船を持ち帰ることが困難という点だ。南北に向かうと、世界の端で内側に落ちるという噂。これが噂に過ぎないとしても、世界の裏側に水が流れ込んでいることは間違いのない事実なのだ。だとすると――その流れに逆らって船を持ち帰ることは不可能に近いだろう。さすがに船を弁償することは考えたくない。
四つ目。
新たに浮かんだ可能性。
海底遺跡の門の先と同じ過剰な『力』を持つ魚。その魚が獲れるネザレ湿原へと向かう。
そこに何があるのかは分からないが――海底遺跡が繋がる先と、同種の場所へと繋がっている可能性が高い。
長所は、他と比べると西都から比較的近い位置の為、短期間で確認が可能な点だ。
一方の短所は――不確定要素が多すぎる点だ。
考える。考える。何度も繰り返し考える。
だが――結論は出ない。
知らず溜まっていた、ため息を吐く。
こういう時は――そうだな。
先程のユニィの言葉通り。
一竜で考えず、相棒に相談してみるか。
相棒は一人。船尾で海を眺めていた。
何を考えているのか。
海と同じく静かな感情からは、思考までは読み取れない。
『なあ、相棒。今後の方針について、お前の意見が聞きたい』
感情の動きを返答とみなして、先を続ける。
四つの候補とそれぞれの長所と短所。
全てを語り終えた俺に――相棒がにやりとした笑みを返した。
「それで。一体お前はどうしたいんだ?」
――ああ、そうか。
俺は――そんなことも見えなくなっていたのか。
答えを返す代わりに、俺は口角を上げてみせた。
本エピソードは次回までです。




