253.手詰まり
少しずつペースを元に戻せそうです。
『何だよ。んなことで怒るなっての。ほら。お前等にもこの旨ぇ魚やるからよ』
トリサンの言葉に、視線だけで返す。
『あー分かった分かったっつの。面倒くせぇ奴だな。あの水の噴き出してる所に術を使やぁ良いんだろ?』
俺は無言のまま頷いた。
いくら腹が減ったからといって、こんな場では少し位自重しろよ。
そんな言葉を飲み込んで。
ああ。こいつの行動、その一つ一つが気に食わない。
その行動が少しだけ親友と被ることも。
だが――今は。
揺れるかがり火の灯りの中、むき出しになった石畳の上をよたよたと進む背中を見送る。
やがてその背中は、噴き上げる水柱の前に辿り着き――水柱が消えた。
恐らく、術を起動したんだろう。
ここまでは予想通り。
だが――問題はここからだ。果たして、この状態を維持できるのか。
固唾をのんで見守る俺達の視線の先。
数秒にも満たない静寂の後――
『悪ぃ。これ駄目な奴だわ』
その言葉と同時。
水は高く。球面の天井まで届くほどに噴き上げた。
『こいつは無理だな。途中までは良かったんだけどよ。引っ掛かんだよ。途中で』
思わしくない結果とは言え、何らかの参考になるかもしれない。
そう思い、先程術を使った時の感触を聞いてみたが――引っ掛かるという言葉に、妙に納得がいく。
恐らく――空間を繋ぐ門の縁に引っ掛かったのだ。
かつてリーフェの『ポケット』の術を検証した際にも現われた現象。
空間の境目が、決して動くことの無い物質かのように振舞う現象だ。
やはり、術であってもその境界を抜けて通過することはできないらしい。
――いや。
仮に一時的に吹き出る水を抑え込めたとしても、術を解いた瞬間に水が噴き出してしまうこの状況では――門を潜るのは不可能と言わざるを得ない。
それに門を潜ったところで、向こう側からあの水の勢いで押し戻されるだろう。
――正直。手詰まりだった。
何とかならないかと、ユニィの『ポケット』でも水を吸い込んでみたが――門を流れる水の勢いはそのままに『ポケット』に水が吸い込まれるだけだった。
トリサンが噴き上げる水を抑えている間に門を視てみたが、空間の歪の存在が分かっただけだった。
しばらく足掻いてみたが、少なくともここに居る俺達ではどうすることもできそうにない。
――聖国を出て、西へ西へと陸路を海路を進み。
皆と共にようやくここまで来たのに――無駄足だったのだろうか。
「おいマーロウ。今回は撤収するぞ」
相棒の言葉に――これまで協力してきた皆の姿を順に眺める。
相棒も、ユニィも。船長を始めとした船員達も――ついでにトリサンも。
そういや、サギリは何もしてないな――
『――って、お前何やってんだ?』
脚元を見ながら、首を大きく傾けているサギリに。
思わず声を掛ける。
『――え? ああ。何だかこの魚。どこかで見たことあると思っただけよ』
サギリの脚元には、先ほどトリサンが寄こした「旨ぇ魚」が転がっていた。
何を呑気な――と言いかけて。
違和感に気付き、俺は『インスペクト』の術を起動する。
この魚は――そうか。
確かに感じる過剰な『力』。
それはつまり、この魚は門を潜ってきたということを意味している。
――そして。
ああ、俺も覚えている。
この魚は――かつて、リーフェがお土産とか言って獲って来た魚と同じ。
そう、確かその場所は――ネザレ湿原。




