249.前へと進む
『おい、お前ら。そろそろ浮上するからな』
――もうそんな時間か?
聞こえてきた言葉に困惑する。
楽しい時間というものは一瞬で過ぎ去ってしまうもの――とはいえ。
まだ1時間も経っていないはず。
いくら何でも早すぎるだろう。
『早すぎんじゃねぇのか? まだ1時間も経ってないだろ――それとも、もう限界なのか?』
『あ? んな訳ねぇだろ。もう危険なとこ抜けたんだよ。この程度の距離に1時間も掛かるかっての』
トリ何とかの言葉に、少し驚いた。
この程度という話だが――今回の潜航距離は、危険な海域の幅に対して安全マージンを取って決めている。
具体的には、海域の幅約50kmに対して2倍以上。100kmを越す潜航距離を設定しているのだ。
それを――1時間と掛からずに抜けるだと?
俄かには信じがたいが――
『おい、ユニィ。その地図見せてくれ』
少し離れた場所で、手にした地図を覗き込んでいたユニィに声を掛ける。
確か、出発直後に『ナビゲート』の術を使っていたはずだ。
つまり――その地図を見れば、俺達の現在位置が。
そして、俺達は本当に危険な海域を越えているのかが。
容易に分かるという寸法だ。
「うん。分かった」
ユニィが甲板の床上に、地図を広げた。
そのまま、俺、相棒、ユニィの三にんで地図を覗き込む――って。
『お前も見ろよ――気になるだろ?』
『いや。そんなの要らねーよ』
『まぁ、そう言うなよ』
いちいち反抗的な態度に少しむかついたが、トリ何とかも引っ張り込んだ。
今度こそと、地図を覗き込む。
ユニィの広げた地図上には目立つマークは2つ。
一つは地図の端近く。動かないこれは目的地を示すマークだろう。
そしてもう一つ。
先程の目的地に向かって、今も動き続けているマーク。こっちが――
俺はそのマークの動きを見て、納得した。
この地図上に西回風の落下予測海域――危険な海域は描かれていないが、細かい話をするまでもなく、明らかに当該海域を抜けたことは分かる。
いやむしろ。
こうして話し合っている間にも、現在地を示すマークは危険な海域から離れ、どんどんと目的地へと近づいている。
『ほら見ろ』
『ああ。分かったよ。そろそろ浮上してもらうか』
何だかムカつくが、こればかりは仕方がない。
少々深海の神秘に未練はあるが、今は前へと進む。
――海面へ。そして遺跡の眠る海域へと。




