245.揺れる波紋
第4エピソードはここまでです。
『お前ら騒ぐんじゃねーぞ――『ヴォイド』っ!』
「うぉーっ!?」「嘘だろ?」「幻覚。幻覚だろこれ――誰か俺を殴ってくれぇ」「あのっ。みなさん――」「誰か潜って確かめようぜ!」
「まじかこれ!」『このうるさい奴ら叩きのめして良いかしら』「俺様の船が……」「痛ぇ! 何しやがんだてめぇ!」
『なんで騒いでんだよお前ら! 騒ぐなっつっただろ!』
結局。
俺達はこのトリ何とかという海竜族。
こいつの提案通り、西回風の落ちてくる海域に関しては、海中を潜って抜けることにした。
理由は単純。この方法が一番リスクが低いからだ。
海面上は危険な西回風も、100mも潜ってしまえばさしたる影響はない。
当該海域の水深は200mを優に超えている。念のため海底付近を潜航すれば、安全に抜けられるというわけだ。
――しかし。
俺は、水面から伸びていたトリ何とかの頭を尻尾で巻いて引き寄せた。
『お前が一番うるせぇんだよ。てか、俺達の言葉は普通の人族には聞こえねぇって言っただろ?』
こいつに実演させたのは失敗だったかもな。
いや。相棒の提案で船員達に酒を振舞ったのがまずかったか?
船乗りなんてゴロツキに毛が生えた様なもの。安酒を浴びるほど飲ませとけば何でも言う事を聞く――って話だったんだが。
「おいコラ! てめぇら押すんじゃねぇ!」
「せんぱぁーい。頼んまーす」「オイラあんたの事――忘れませんぜ」「うぉーっ!」
「イケる! イケるぞ!」
『おい、どうすんだコレ?』
俺は隣の相棒に視線を送った。
腕組みをしているその姿からは、愛おしむような感情が流れてくる。
――と思うと。大きく息を吐いた。
「やらかしたな。これは」
『「やらかしたな」じゃねぇだろ』
「――ああ。まぁ見てろ。こういう時にはな――」
そう言い残し、両腕を広げて騒動の中心へと歩み――手近な船員を抱きかかえる。
その背中は――心なしか広く。大きく。
伊達に俺よりも年齢を重ねているわけではない。
徐々に静まる騒動――これこそが年齢のなせる業なのだろう。
「お前も飛び込むぞ!」
「「「うぉおぉー!」」」
――――そういや。相棒も飲んでたな。
揺れる波紋に溜息を吐いた。
――――――
『どこまで行っても海。海。たっまには山の幸が。食べたいよー』
気の抜ける歌――いや。これを歌と呼んで良いのかは甚だ疑問だが――その歌声が嫌でも耳に響く。
思わず顔をしかめてしまったのは、その騒がしさが故――だけではない。
その歌詞に、思わず同意してしまいそうになったから。それも大きな理由の一つだ。
この一週間。
調達できた食料は全て魚。それも、全く同じ種の魚ばかりだった。
初めは美味に感じていたその味にもすっかり慣れてしまい、もはや飽きてしまったと言っても良い状態だ。
そして――流石にここまでくると、あまり頭の回転が早くない俺にも違和感が感じ取れる。
――そう。
この魚。一体何を食べて生きているんだ?
この魚の他は、小魚も貝類も藻類も。
魚の餌になりそうなものは一切見つかっていない。
大量に居るという魔物を警戒して、身動きの取り辛い水中の探索は控えているが――もしかしたら、より念入りに調べた方が良いのかもしれない。
そんな事を考えていて――ふと。
足裏に硬い物が触れた気がして、下を見る。
そこには――
『何だこれは? いやこれは。陶器の――欠片だと?』
思わず口に出て――すぐに口を閉じる。
この欠片の角は未だに鋭利であり、少なくとも海から流れてきたものではないだろう。
――とすると。
どうやら、この辺りは念入りに探索する必要がありそうだ。
次回から第5エピソードです。




