244.想定外
『やっぱここに居たか』
鑑定屋の屋敷を出た時には、既にサギリの姿はどこにもなかった。
――だが。出ていく前の言葉を思えば行先は自明。
その場所へと辿り着けば、果たして。
足元に顔を向けるサギリの後ろ姿があった。
足音を殺して背後から近づく。
足元を見るサギリは、まだこちらには気づいていないようだ。
そのまま真後ろに立ち、俺も足元を覗き込んだ。
――ああ。やっぱりな。
『お前、何でまだ港の中に居るんだ? 港の外で隠れてろって、さっきも言っただろ』
俺達の足元には、水面に浮かぶ海竜族の姿がある。
『は? どこに居ようが俺の勝手じゃねぇか。お前らだって人族の建物に入ったりすんだろ? それと同じだって』
『同じじゃねぇよ、邪魔なんだよ。てかサギリ、お前まさか――』
俺は問題児との会話を素早く切り捨て、そのままサギリに話を振った。
『ええ。こいつの方が適任でしょ?』
『――』
期待通り。
サギリの方が先に口を開く。
まぁ、お前も十分問題児なんだがな。
『いや――駄目だろ。どこのじいさんか知らねぇが、どうやって連れてくんだよ。あれか? ボートにでも乗せて引っ張るのか?』
『分かってるじゃない』
――いや、分かんねーよ。
こいつが引っ張れるサイズのボートなんて、どうせたかが知れている。
んなもん、波に弄ばれてすぐに転覆するだろ?
俺は口を開いて――
『さっきからお前ら、じいさんがどーのこーの言ってるけどよ。そもそも何がしてぇんだ?』
意外と冷静な声に水を差され、口を閉じる。
――てか。サギリお前――
時間は十分にあったはずなのに、何をして欲しいのかとか、その目的とか。何も話してなかったのか?
――仕方ねぇな。一応教えとくか。
『あー。つまりだ。さっき言ってた西回風があんだろ? その下降気流の風向きを変えるため、嵐術を使えるってじいさんを連れてくるんだが――それをお前にやって欲しいんだとよ』
『――あぁ。あのハゲじじいか』
――ん?
こいつも知ってるってことは――嵐術の使い手というのは、もしかしてあの眩しいじーさんのことか?
光術以外に嵐術もってことは――白属性、青属性、黄属性。最低でも3属性の使い手か?
いや、確かに只者じゃない色艶をしていたが――そこまで凄いじーさんだったとは。
そんな事を考えた俺の思考は。
続く言葉で吹き飛んだ。
『んな事しなくても、さっきから潜りゃ良いって言ってんだろ? ほら。こんな具合によ』
その言葉と共に、そいつの瞳が群青に染まる。
そして――沈む。
港に停泊していた船の内、一隻の船が。
飲まれるように。その浮力を徐々に失うかのように。
半球状の穴を海面に空けながら――沈む。
やがて、船が完全に沈み。
得意気な面でこちらを見たそいつの顔に――
『あんたこの騒ぎどうすんのよ!』
サギリの投げた石が命中するのが遠くに見えた。
――まあ、船が突然沈みゃこうなるよな。
怒号が飛び交い、騒がしさを増す港から。
俺は一足先に退散することにした。




