242.対策検討
――ようやくやる気になったみたいね。
目の前でぶつぶつ言いながら、ぐるぐるぐるぐるとその場で円を描くマーロウを見て――ひとつ息を吐く。
いつも、何だかんだと理由をつけてサボろうとするんだけど――今日は上手くいったみたい。
動き始めたマーロウの事は放っておくことにする。
――それにしても。
こんなに心配をかけるなんて、あのバカ。
今度会ったら――ただじゃ置かないんだから。
――――――
――俺の気持ちはともかくだ。
熱くなった思考を冷ますように、俺は思考を切り替える。
問題とその原因が整理できたのなら、あとはその解決策を考えるだけだ。
無論、闇雲に解決策を出せば良いというものではない。
最低限クリアしておくべき条件――つまりは前提条件というものが存在する。
一つは――先程考えた通り、待つという選択肢はない事。
そして、同じ意味で時間を要する――少なくとも2週間以上掛かる――解決策は意味がない事。
必要なものという観点では、使うことのできる金にも限度がある。
路銀の心配をするほどではないが――そうだな。今俺が相棒に預けている金が金貨10枚程度。俺はその2割を出すとして、ユニィ達にもそれぞれ同額を出させれば金貨8枚程度は使えるだろう。
まぁ、前提条件としてはこんなもんか?
――目を瞑る。
それじゃあ――始めるか。
術を起動し――瞳に向けて喪失感が広がった。
解決すべき課題は「西回風が西の海に落ちてくる」こと。
これから――これが問題と化す要素と、その対策案を検討する。
まずは一つ目。
西回風により「激しい下降気流が発生する」。
これはどうだ?
この事自体は西回風の乱れによって引き起こされる事象。
乱れの方向が、偶々地表側となり発生する。
即ち、偶発的な自然現象だ。
では――こいつは制御不能な事象なのか?
神様に祈りでも捧げないと無理なのか?
己の知識に問いかける。知識を――視る。
――導き出した答えは否。
スキルの中には、天候を操る術を扱うことができるものも存在する。
その術を使えば――西回風の下降気流をも操ることができるだろう。
俺も一度。遠い記憶にそれを見た覚えがある。
使い手も知っている。
――自称「雷帝の再来」のノルアじいさんだ。
嵐が迫っていたあの日。
緑色に染まったじいさんの瞳と、遅れて現れた空の色は未だ記憶に残り続けている。
だが――俺は首を振る。
ノルアじいさんが居るのは、故郷であるレスタの村。
じいさんを連れてくるためには、往復で2週間近くを要してしまう。
そうなってしまっては、待つのと何も変わらない。
だからと言って、他にこの術の修得者を見つけるのは難しい。
それ程にレアな術なのだ。
この方向での解決は、期待しない方が良いだろう。
次に二つ目。
発生した「下降気流の風圧がデカすぎる」。
こいつは?
これは、言い換えると西回風の規模と強さが大きすぎるということだ。
元が大きいから下降気流も大きくなる。
当然の話だ。
これには二つの解決策が思い浮かぶ。
一つは先程と同じ。気候を操る術を用いて下降気流の勢いを衰えさせるというものだが、当然先程と同じ課題がある。
そしてもう一つの解決策は――下降気流を発生させる『力』。それ自体を減衰させることだ。
西回風も含めた空気の流れ。それはそのまま『力』の流れとなっている。
この『力』を減衰する方法があれば。
それを用いれば下降気流を弱めることができるだろう。
そしてその手段は――直近の記憶に在る。
――そうだ。
宝物庫で見た「死の力を宿す、希少な真竜族の鱗」。
死と停止を司る死属性。
この鱗があれば、あるいは下降気流すらも弱めることができるかもしれない。
だが――俺は再び首を振る。
かもしれないでは――駄目だ。
事は生命が掛かっているのだ。
そんな不確定なもの等、誰も信用しないだろう。
もちろん検証を重ねれば良いのだろうが、当然2週間以上の時間が掛かる。それでは何の意味もない。
そして。
死属性の術の使い手など、そもそも今までに聞いたことが無い。
リーフェの奴によると、進化樹上では死属性のクラスも存在しているようだが――文献にも残っていない希少クラスのようだ。
次に三つ目。
これまでとは異なる側面として「風圧に船が耐えられない」という要因。
これなら対策は容易か?
例えどんなに風圧がデカかろうと壊れない、極めて頑丈な船であれば?
――否。あり得ない。
無論。理論的には成立するのかもしれないが、そのように非経済的な船が一体どこにあるというのか?
今から建造する? その時間は?
そもそも、船が無事だったとしてもその乗員は?
――風圧に耐える方向では、今回の事象の解としては成立しないだろう。
あり得るとするならば。
下降気流の風圧に耐えるのではなく、そもそも風圧に晒されない様に回避する方向だろう。
そして、広範な下降気流を避ける方法は、大きく迂回するか水中への潜水退避が有効だが――これも俺達にとっては現実的ではない。
どこまで迂回すれば良いのかを判断するのは困難、かつ潜水する場合には乗員の潜水対応も問題となるからだ。
最後。
困った話だが「船員がビビっている」。
こいつは?
――こればかりは。
船員達に覚悟を決めてもらうしかない。
必要であれば、先程の金から追加の報酬を渡すことも必要であろう。
俺は――目を開いた。




