239.長命の壺
術の起動と同時に、巻き戻る記憶。
俺の視界に浮かんだ記憶は――
「久しぶりに君と語り合えると思ったんだが――「船」の用立てかね。――ふむ。そうだな。対価として新たな――いや待てそのスキルは!?」
――いや。これは巻き戻し過ぎたな。
視界を占めたおっさんの顔。そんな無駄記憶を追い出すように頭を振り――改めて『リコール』を起動する。
そうだな。一度に巻き戻すのは止めて、今度は近い記憶から順に巻き戻すことにしてみるか。
視界は暗転し――そしてすぐ。暗闇に光が戻った。
目の前。最後に視た「死の力を宿す、希少な真竜族の鱗」。
死属性が司るのは死と停止。
生命に死を齎し、『力』の循環を止める効果がある。
この死の力で思考が停止し、昏倒させられたのか?
――いや。違う
死属性の本質は減衰と停止にある。
この鱗を視た後も気を失うまで、俺の脳は焼き切れそうな痛みを訴えていた。
死属性が原因であれば俺は徐々に平静になり、そして眠るように昏倒していたことだろう。
故に――あり得ない。
その前に視た「レンズの表面に光術の残滓を感じる、1200年ほど前の単眼鏡」。
光術の残滓――
確かに光術の種類によっては、視覚を介して情報を取り入れる『インスペクト』への影響は大きい。
だが。
その残滓からは初歩の光術。
光の波長を変化させ、透過した光の色を変換する『プリズム』の術――
それしか感じられない。
この程度の術では、到底俺の脳に高負荷を引き起こせなどしないだろう。
では、その前は――ああ「『力』が釉と共に焼きこめられた、200年前の陶器の壺」か。
――この壺は確か貴人――――っ!
俺は記憶をなぞっただけ。
ただそれだけにも係わらず、思わず膝をついてしまう程の高い負荷が脳髄に――掛かる。
『――っ。はあっ――はぁっ』
慌てて術を解除し、溜まった息を吐きだした。
そのまま新鮮な空気を取り入れながら、壺の特徴を改めて思い出す。
上部の肩から胴に掛けてが大きく広がり、腰で絞って裾がわずかに広がる。
この特徴的な形状は確か――貴人族に伝わる伝統的な壺の形状のはずだ。
長命を司るとか全知を司るとか――眉唾物の話はあるんだが、そもそも貴人族自体が希少種であるため、その真意をはかることは困難だとか。
――まぁ、そういう代物だ。
だとすると――この壺に込められた『力』が何を齎すのか。
それを想像することは難しくない。
貴人族が拘るもの。それは――己の寿命。
この壺は『力』を生命エネルギーに変換する機能を有しているのだろう。
そして――だとすれば。
俺のこの状況も納得できる。
視ることにより知覚された『力』に、「生命力」としての指向性が生まれ、それが全身を――特に。最も働いていた脳髄を活性化させたのだ。
分かってしまえば、どうという事もない。
それほど面白い物では無かったな。
「何か、分かったのか?」
『いや。やっぱ面白い物ってのは早々ねぇな』
俺はただ首を横に振り――宝物庫を後にした。




