236.霞んだ記憶
「ありがとうございました、おじいさん。お世話になりました」
その言葉を最後に儂に背を向け。
少女は、騎竜と共に去っていく。
次の行先は西都と言っておったじゃろうか。
あの辺りは、相棒とも良う駆け回ったもんじゃったが――おお、そうじゃった。
相棒と言えば――
「のう。お主とも会うのは久しぶりじゃのう」
『あ? 何言ってんだ。耄碌したのか? ハゲじじい』
――何と失礼な。
これはきちんと剃っておるのじゃ。ほら、この辺りとかのう。
もみあげの下辺りを、さり気なく見せながら続ける。
「おお、嘆かわしい。お主と初めて会った時には、儂と相棒を三竜で『じーちゃん。じーちゃん』と呼びながら、ぐるぐると囲んで回っとったんじゃがのう。可愛らしかったんじゃがのう」
目の前の竜が長い首をゴキゴキと鳴らしながら、こちらを睨んで来た。
――本当に、あの時の可愛らしさはどこへ行ったんじゃろうか。
『おい。意味わかんねえこと言ってんじゃねぇよ。俺がいつ『じーちゃん』とか言ったんだ? だいたい、初めて会ったのはそこの洞窟だろうが』
――はて?
記憶が混ざってしもうたんじゃろうか。
言われてみれば、回っていた子竜達は地面の上を走っておったかもしれん。
「ふむ――そうじゃったかの? まぁ、それはどちらでも良いんじゃがの。それより、お主地図が読めるのかの?」
儂の言葉に目の前の竜が眼光を鋭くする。
『――――読めるわけねえだろ』
そう言うと、その目を少女の消えた道の。その先へと向けた。
『この光の元へ、泳いで追ってこいだとよ』
――うーむ。
そういう竜の視線の先には――何も。
儂には何も見えんのじゃが、はて。
何ぞ――あるんじゃろうか。
――――――
『うんっ! やっぱり新鮮な魚は味が違うよね!』
隣で口を動かす、ステュクスのおじさんに同意を求める。
『――――ああ』
――うんうん。そうだよねそうだよね。
いつも厳しいおじさんの肯定的な返答に、思わず頬が緩む。
そして同時に。
今日この日の美味しい焼き魚に辿り着くまで。
苦難の日々が、長く辛い闘いの日々が――僕の脳裏を過る。
ユニィに銛を送ってもらった後。
これですぐに魚が突けると思ったんだけど――甘かった。
地上から水面の魚に向けて思いっきり投げ込むんだけど――銛が水面に到達した瞬間。
魚は深い所に逃げてしまうのだ。
そこからは試行錯誤の連続。
場所を変え。持ち方を変え。投げ方を変え。『ポケット』すらも併用して――1週間。
重力で加速した銛を、魚の直近で『ポケット』から発射することで――先程ようやく魚を突けたのだ。
――うん。
苦労を思い出せば出すほど――口の中で美味しさが増していく気がする。
まあ、元々この魚は美味しいけど。
――って。あれ?
そう言えば、この魚って前にも食べたことあったけど――どこで食べたんだっけ?
思い出そうとしたんだけど――薄靄が掛かったかのように記憶が霞んでいて。
結局、僕は。
その記憶を思い出すことは――できなかった。
第3エピソードはここまで。
次話から第4エピソードです。




