230.広がる水面
僕がこの地で目覚めてから――2週間。
慎重に慎重に。
何があるか分からないから――慎重に。
周囲の探索を重ねてきたんだけど。
『どんだけいるんだよ。ここ』
何度も。いつでも。どこででも。
『サーチ』する度に――周囲に伸びていく大量の光の糸。
薄っすらと光るその光が指し示すのは――
『魔物なんか蹴散らしたらどうだ?』
『いやいやいや。無理だから。蹴散らすとか無理だから』
ステュクスのおじさんが無茶を言う。
僕はポーター。
冒険者とか傭兵とかじゃないんだから、魔物と戦うなんて無理だ。
『そうか? 術で視界を奪っておけば、大抵の魔物は無力化できるだろ?』
『それ、おじさんだけでしょ!』
確かに。おじさんの闇術を使えば、魔物の視界は塞ぐことができる。
でも同時におじさん以外の――僕の視界も塞がれてしまうのだ。
この前。大きい鼠の魔物達に囲まれて、突然おじさんが術を使った時には――本当に死ぬかと思った。
突然視界が真っ暗になって何も見えないし、仕方ないから黒の遺跡の時みたいに『スキャニング』を使ってみたけど――分かったのは地面の形だけだった。
そもそも『スキャニング』中は動けないし、その間も周りからどさどさと音がするし――あんなのはもう勘弁してほしい。
そんなことを話しながらも。
歩みは慎重に、周囲の音に耳を澄ませながらゆっくりと進んで行く。
目覚めた場所を中心に、渦を描くように徐々に外側に向かって探索しているけれど――大きな岩に囲まれているため、視界がとても悪い。
もしここに草木が生えていたら、さらに視界が悪化するところだったけど――そこは不幸中の幸いというところか、1本も草木は生えていない。
――とは言っても。
やっぱり視界は悪いことに変わりは無いし、僕はゆっくりと慎重に進んでいたんだ――けど。
――――ん?
神経を研ぎ澄ませた僕の耳に、その音は届いた。
これは――水の流れる音?
ステュクスおじさんの方を見ると、おじさんと目が合った。
どうやら、おじさんにも聞こえたようだ。
音のする方に急いで向かう――と。
岩の間に開ける視界。
目の前に広がるのは――水面。
遥か遠くまで見通せるような。
それは海と呼ぶしかないような――でも。
良く見ると水は、一定の方向に流れていて。
もしかして――大きな川?
そういう目で見てみると、足元も水の流れる方向に微妙に傾斜している気がする。
――何となく。
いや、そんな事よりも――
『もしかしたら、お魚がいるかも! 『サーチ』!』
僕が『キーワード』を口にした瞬間に――水中に向かって伸びる、無数の光の糸。
『ビンゴっ!』
ビンゴって何だっけ――という考えが頭を過りかけたけど。
そんな考えは一瞬で吹き飛んでしまう。
『これで、地獄の乾燥食生活ともおさらばだよ!』
マーロウから送られてくるのは、長期保存の効く乾燥食ばかり。
いい加減飽き飽きしている。
だから、現地調達できる食料がないかと探していたのだ。
動物型の魔物を倒せば、そのお肉を食べることもできるんだけど――やっぱり、魔物の肉には抵抗がある。
魚が獲れればそれに越したことは無いだろう。
僕はウキウキしながら、ステュクスおじさんに魚のことを伝えた。
『――なぁ。魚をどうやって捕まえるんだ? お前』
――――とりあえず。
ユニィに泣きついて、脚竜族でも使える銛を『ポケット』経由で入手した。
でも。
同じ泣きつくのなら、乾燥食以外の食料を送ってもらえば良かった事に。
――後になって気付いた。
第六章 第2エピソードはここまでです。




