219.矛盾する記憶
視線の先――広大に広がる砂漠。
先日まで滞在していた場所は岩石砂漠で見通しが悪かったが、この辺りの砂漠は砂砂漠。
見通しは良く、揺らめく空と砂の境界が――どこまでも遠く見える。
――ふぅ。
俺は一つ。
深く息を吐くと、背後を振り返った。
もう大丈夫だ。突然笑ったりはしない。
――――ん? 妙だな。
こうして気持ちを落ち着けて。
改めて、未だに宙に浮かぶ親友の鼻先を見て。
初めて――違和感に気づいた。
すぐに前脚を当て、少し力を加えて。鼻先を黒い穴の向こうに押し戻してやる。
やはり――妙だ。
押し戻してやった感触では、多少の抵抗はあれど戻せない程ではない。
例え力が入らない体勢だったとしても、後ろから引っ張れば問題なく戻れるはずだ。
何だかんだ言いながら、あいつがリーフェの奴を放っとく訳が――
耳に届いたかさっという音に、俺は思考を中断した。
音の方に目をやると、案の定。黒い穴の下に紙片が落ちている。
初めからこうすれば良かったのにな――とは思うが、それでこそリーフェとも言える。
さて――何が書いてあるのか――
《ありがと助かった。ステュクスさんは助けてくれなくて。ゲートの前で口を開けて待ってる》
――――色々と。
言いたいことはあるが――とりあえず。
俺は、荷物から少し古くなった乾燥食を取り出し、穴の中に投げ入れておいた。
――――――
――――ああ。
思わず頭を抱える。
俺の目の前には――紙の山。
2時間ほど掛けてようやくリーフェから聞き出した、紙片の山がある。
油断したというのは、こういう時の事を言うのだろう。
俺の頭の中では、今。
聞き出すたびに現れる新しい情報が、砂嵐の砂の如くに乱れ舞っている。
少しの間会話がなかっただけで、これだけの情報量。
相も変わらない、その引きの強さには――嫉妬すら覚える。
――とはいえ、だ。
俺は頭に回していた前脚を下ろす。
まず今やるべきは、リーフェに一体何が起こったのか。そして――何故こんな矛盾が起こっているのか。それを把握することだ。
そう結論付けると、俺は紙片を時系列順に並べた。
まずは――そうだな。新しい情報から遡るのが良いだろう。
俺は、手前の紙片に目を移す。
一つ目の疑問。あいつは今どこに居るのか?
サーチの光が示す可能性は二つ。西の果て。西海の向こう側か――世界の裏側だ。
そして、俺の結論は――世界の裏側だ。
根拠はあいつが見たという奇怪な景色。光るモノの正体はともかく、白い帯というのは恐らく、世界の向こう側に日の光が反射して見えているのだろう。
二つ目の疑問。何故そんなところに居る?
これも可能性は二つ。リーフェの術の暴走か――遺跡の機能かだ。
一応、リーフェの記憶では遺跡の天井がポケットのような黒い穴になっていたということだが――
そもそも。後述の通りあいつの記憶は、かなり当てにならない。
遺跡の機能で転移した可能性が高いというところだろうか。
三つ目の疑問。同行者は何者か?
俺はサギリとばかり思っていたが、実際はステュクスという壮年の男竜だったらしい。
残念ながら、こいつの正体については確定的な情報がない。リーフェにも何の記憶もないらしい。
故に特定はできないが――リーフェの持つおやつ袋に興味を示したというのが気に掛かる。
確かあの皮袋は、俺達がまだ子竜の頃に、雇い主から貰ったとか言っていたはずだが――いや、まさかな。リーフェの言う通り、偶然の一致だったんだろう。
四つ目の疑問。何故輸送部隊のはずのあいつらが、遺跡に入ったのか?
これに関しては――奇跡により世界が巻き戻されたなど、信じ難い話ではあるが――リーフェの話を信じざるを得ないだろう。
そもそもが。あいつには前世の記憶という、本来無いはずのものがあったのだ。
その原因も含め、奇跡によって巻き戻しが起こったためだったとしても不思議ではないだろう。
五つ目の疑問。一番大きな矛盾点。お前達、竜はどうしたんだ?
確か3週間前は――北の果て、黒の遺跡に潜む竜型の大魔を討伐するために行動していたはずだ。
それなのに――いつの間に、魔人を討伐する話になったんだ?
そもそも、竜型の大魔なんて聞いたこともないとはどういうことだ?
――――いや、一つだけ。俺は可能性に思い至っている。
つまり、リーフェの記憶から竜型の大魔が消されたか、それとも改竄されたのか。
それこそ、何の為かは全く予想もつかないが。それ以外には考えがたいのだ。
いずれにせよ。
このやり取りでは、これ以上の情報は得られないだろう。
俺は荷物からまた古くなった乾燥食を取り出し、黒い穴へと放り込んでおいた。
情報整理はここまで。
次回他視点を挟んでから、第2エピソードになります。




