215.霞むように消えていく
『リンケージ』の術が解けた瞬間。
目前に迫っていた、魔竜の爪が前脚が体躯が。
止まり縮み――退いていく。
私は、たった今起こったばかりの事を思い返す。
以前も体感した世界。魔竜とその絆を表した心象風景。
そこに突然、双眸を輝かせたリーフェが現れて――
考えながら、私は反対の前脚を絡めとっていた筈のリーフェの方を見た。
今はその瞳の色は普通だけど――って。
「あれ?」
思ってもみない光景に、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「キュロちゃん!」
後ろの方からは、ソニアの声が。
ああソニア。無事だったんだね。良かった――って。
今はそのことを考えている場合じゃない。
私は考えることを止めて、リーフェの元に。
魔竜と共に浮き上がっていくリーフェの元に、駆け寄ろうとして。だけど。
体が動かせないことを思い出す。
――ねぇ動いて。
私の目の前で。
リーフェと魔竜が絡まりながら、天井に向かって浮かび上がっていく。
だけど、体に掛かる重さが私の自由を奪う。
――お願いだから動いて。
体が動かないならと、『ポケット』を障壁にしようと思ってみたけれど――リーフェみたいに上手くいかない。
その間にも、リーフェと魔竜が天井に。天井の黒い平面へと近づいていく。
――誰か。お願い。
でも。
私の願いをあざ笑うかのように。
/リーフェの体が/。
天井の黒い平面に。
飲み込まれていって。
私は。
霞むように消えていく黒い平面を――ただ見ている事しかできなかった。
――――――
「キュロちゃん!」
私の声が空しく響く。
そして、そのまま。
私が――私達が見ている目の前で。
/キュロちゃんを/飲み込んだ転移の門が、その実体を失っていく。
「――っ。僕は一体――」
呆然としていた私の耳が捉えたのは。
救いたかった声。守りたかった声。
だけど――今は少しだけ心が痛む声で。
「お願いロッソ。他の皆に『クリア』の術を」
こんな時でもいつもと変わらない、ヤーデお姉ちゃんの声も。
少しだけ冷たい気がして。
そんな皆から顔を背けるように、誰も居ない方向に顔を向けた。
――そのはずなのに。
私の目には、見慣れない老婆が座り込んで――天井を見つめる姿が映っている。
いや――あれは。
私は思わず立ち上がって――体が動かせることに少しだけ驚きながらも――その老婆に近づいた。
本当なら。予想通りなら。凄く危険なはずなんだけど。
なぜか――大丈夫だっていう確信があって。
「なぜそんなに――笑っているの?」
近づくと分かる鉄のような匂い。
そんな状態なのに、その老婆は皺だらけの丸顔に笑顔を浮かべていて。
だから結局。
私にはその先を口に出すことはできなかった。
さっきの瞳の輝きは一体何だったの――って。
次回第5章最終話――の予定です。




