213.重なる光景
黒い影のような。
魔人の後ろ姿――その中から、滲むように人の姿が現れる。
その顔は、後ろ姿だから見ることができないけれど。
その立ち姿は、このホールで最初に見た時。そのままに見えて――
――だけど。
グルォォオォオ――と、文字通り言葉にならない叫び声と共に。
振り上げられていた左前脚は、止まることなく魔人を薙いでいた。
僅かな金属音を残し、魔人が吹き飛んでいく。
だけど、僕には僕達には。それを目で追う余裕は無い。
一歩一歩近づく、雄大な体躯の威圧感。
その動きを注視しながら、中断していた術を再構築していく。
動けないこの状態で、もはや。
その意味があるのかは分からないけど。
それでも――少しでもその攻撃を防ぐため、何かが変わる可能性を生み出すため。
――だから。
「目を閉じて!」
銀騎士のお姉さんの言葉に、咄嗟に目を瞑ることができたんだと思う。
目を瞑っていても分かる強力な光を、瞼の向こう側に感じる。
それは一瞬の出来事。
だけど――状況を大きく変える一手で。
ギュロギュロと鳴り響く魔竜の咆哮と、ドンドンと鳴り響く重い音。
その音に目を開いた僕が見たものは――目を閉じ、前脚で宙を掻き、尾をでたらめに振り。暴れ回る魔竜の姿だった。
どうやら、お姉さんは光術で魔竜の目を眩ませたらしい。
――だけど。
体が動かせないこの状態で、僕は一体何をすれば良いんだろう。
勇者のお兄さんが、たまたま意識を取り戻すことに期待する?
それとも、一人ずつ足元にゲートを展開してみんなを逃がす?
――正直に言って。
戦いに慣れていない僕には、その一瞬では答えは出せなかった。
そして。
その一瞬の遅れが導いた状況は。
――振り回された尾が、頭上からソニア達を襲い。
――宙を掻くばかりだった前脚の。その振り上げられた右前脚の間合いに、ユニィ達が入っていて。
――ああ。
時間がゆっくりと進んでいるように感じる。
激しい魔竜の動きも。
その時は永遠に来ないのかと錯覚するほど、全てがゆっくりと進んでいる。
でも。
どんなに遅く感じてもその尾の、その前脚の動きは止まることは無くて。
でも。
今準備している『ポケット』の術では、シールドを1回しか展開できなくて。
でも。でも。
――僕は一体。どちらを――
――ふと。
振り上げられた魔竜の尾が。
記憶の中の光景と重なった。
あの時は。飛び出したソニアの上に魔竜の尾が振り上げられた時は――――そうだ。
そのまま僕は、魔竜の尾を止めるように『ポケット』の術をシールド状に展開する。
同時にもう一つの術を。
“僕”のとっておきを。
記憶の通りに起動した。
『ブレイクっ!』




