212.均衡を崩す一手
連続して振り下ろされる尾の一撃に。
僕は『ポケット』で作り上げた盾を必死になって合わせる。
今回は辛うじて対処できたけど、魔竜の攻撃は先程からどんどんと激しくなっている。
ユニィとサギリが魔竜の目の前で動き回って攪乱してくれてるから、何とかまだこの状態を維持できてるけど。
『ねぇソニア! まだ!?』
「ごめんね! まだロッソお兄ちゃんの目が覚めないの!」
ソニアの声にも必死さが滲んでいる。
それは分かるんだけど――それでも。
そう思って、口を開きかけた僕を遮るように――少し場違いな調子のゆったりとした声が聞こえた。
「うふふ。それにしてもこのロッソをここまで深く昏倒させるなんて――余程腕が立つのね。ソニアちゃん」
「ごめんなさい」
「大丈夫よ少し飲ませすぎただけで、これで正解だもの。本当にすごいわ。まるで――いいえ。気付け薬ならもうすぐ用意できるから、もう少し待って頂戴」
――ごめんなさい。
もう僕の方が限界なんですけど。
誰か僕達も助けて欲しい。
『ポケット』を足場にした空中跳躍を駆使しながら、ユニィ達に代わって魔竜の注意を引き付けて――シールドで攻撃を躱す。
今のも余裕なようで紙一重。
いつこの均衡が崩れてもおかしくない――そんな薄氷を踏むような状況が連続する。
既に。
ユニィとサギリが参戦して以降、優に10分以上はこの状況が続いていた。
その間に、ただ一人正気を保っている毒術お姉さんが合流して――
心術に完全に精神汚染されてしまったアニキ達は、同士討ちを始めている。
嬉々とした表情の暴走犬お姉さんは――いつもと変わらない気もするけれど。
残る魔人は、銀騎士の姉さんが未だに一人で抑え込んでいる。
先程までのアニキ達との戦いぶりからは意外だけれど――先程から何だか魔人の動きが悪いような気がするから、そのおかげかもしれない。
――動きと言えば。
目の前の魔竜に視線を戻す。
この魔竜もかなり出血してるはずだし、そろそろ動きが悪くなって良いはずなんだけど――そんな素振りは一切見えない。
むしろ僕達の方が、疲れで先にへばってしまいそうだ。
『またっ!』
脳内の比重を思考に置きすぎた――瞬間。
サギリの声と共に蹴り飛ばされた。
直後に低く響く音。振り向かなくても、先程僕が立っていた場所に魔竜の尾が振り下ろされているのだろう。
『ありがとう。サギリ』
『――いいかげんにしてよ』
――やっぱり。
そろそろ限界が近いかも。
もって、あと3分が良いところだと思う。色んな意味で。
僕がそんなことを考えていた時だった。
魔人の目が――黒く光ったのは。
「ステュ! 引くわよ!」
――一瞬。
何が起こったのか分からなかった――けど。
全身を瞬間的に襲った痛みに。僕もユニィ達も這いつくばるしかないその力に。
何が起きたのかを理解する。
その意味するところに背筋が凍り付く。
僕達の動きを止め、地面に縫い付ける術。
それは――闇術の一つ。重力を操作する術。
今になってこんな術を使ってくるなんて。
ちょろちょろと動き回る僕達に業を煮やしたのか、それとも他に理由があるのか。
どっちにしろ、今攻撃されたら――
――ああ、最悪だ。
僕達の状況が理解できたのだろう。
魔竜が一歩。
こちらへと近づく。間合いを詰める。
そのまま左前脚を振り上げて。
僕はその動きを目で追いながら、術の起動を――止めた。
なぜなら。
「お願いだから――一緒にいきましょう?」
僕達を庇うように。
敵のはずの魔人が――立っていたから。




