211.対峙
呆然と見つめる僕の目の前で、小瓶の中の黒い液体が減っていく。
目を背けたくなる気持ちの一方で、その光景から目が離せない自分が居る。
それは、臭気が漂って来ても同じで――ただ少し。
3m――いや、もう少し――5m程、後退っただけで。
視線はずっと釘付けのまま――
「リーフェっ!」
『この馬鹿!』
――だから。
その声が聞こえた時も。体に衝撃が走った時も。
蹴り飛ばされたと気づいた瞬間ですらも。
何故そうなったのかは理解できなくて。
――ようやく。
地面を転がる、その回る視界の中に魔竜の尾を。
先程まで僕の居た場所に打ち付けられた、直径1mを超えるそれを――捉えることで、初めて理解できた。
『ユニィ! サギリ!』
『何よそ見してるのよ!』
そのまま薙ぎ払われる尾の向かう先。
それを知覚すると同時に、僕は『ポケット』を起動した。
「ソニア!」
ユニィの声が僕の耳に届く前に。
魔竜の尾が、ソニアとの間に張り巡らせた『ポケット』に当たって止まる。
そのまま引かれる尾を追うように、視線を魔竜に移した。
背後から聞こえる、ゴホゴホとせき込む音が気になるけれど――今はそちらに意識を割く余裕は無い。
何故なら。先程まで倒れ伏していた魔竜が――今は立ち上がり、こちらを睨みつけていたからだ。
『相変わらずうっかリーフェはうっかリーフェね』
真横から聞こえるサギリの声に。
顔を向けずに言葉を返す。
『なんで――なんで来たんだよ』
『は? あなた――』
「後から追い掛けるって言ったでしょ?」
サギリの言葉を打ち消すように発せられたユニィの言葉に。伝わってきた感情に。
『でも――』という言葉を飲み込む。
冷静に考えてみれば――いや、考えるまでもなく。
ユニィがソニアや僕を追ってくるのは当然だ。
どうやら、戻って来た記憶に。その時の感情に。
そんな簡単なことも忘れていたようだ。
だから僕は――代わりの言葉を口にした。
疑問には思っていたことだけど。
今話さなくて良いことを。まるで話を逸らすように。
『あの黒い穴――何なんだろう。ユニィ――なんでしょ?』
――――沈黙。
当然だ。
僕も答えを期待したわけじゃない。ただ、話を逸らしたかっただけ。
そのまま魔竜の動きに全神経を集中して――
――だけど。
「分からない。分からないよ。でも――何でかな。知ってる気がするの――ううん。感じたことがあるって言った方が――良いかな」
細く呟かれたユニィの言葉。
その言葉が何故か。
僕の耳に脳内に。強く――木霊していた。




