208.役割
二人が合流してから。
形勢は大きくアニキ達に傾いていた。
そもそも。
もう少し人数が多かったとはいえ、アニキ達はあの時も魔竜を圧倒していたのだ。
タイプの異なる前衛3人に、遊撃をこなす中衛、全体を見渡し補助に回る後衛。今回はもう一人卵おじさんも居る。
本来の戦い方ができるようになれば、この状況になるのは火を見るより明らかだった。
――だけど。
今回はそれだけでは終わらない。
なぜなら。
壁の上に魔人が現れたのは――そんな時だった。
「――――」
軽く俯いたまま何かをしゃべったと思ったけど――ここまでは聞こえない。
ただ、次の瞬間。
壁にしか見えなかった魔竜が。その雄大な体躯が――僕の目に映りこんだ。
理由は分からない。
だけどどうやら――魔竜に掛けていた術を解除したようだ。
魔人の姿は変わらず靄のようになっているけれど。
警戒し。手を止め構えるアニキ達。
そのまま睨み合いが始ま――らなかった。
飛び退く魔人。
「好機っ」
その声だけを残し、後を追う姿は暴走犬お姉さんのものだ。
それと――金属音が鳴り響く。
「悪ぃな。あんたにはこっちに付き合ってもらう」
アニキが退避した魔人の側面から襲い掛かる。
その攻撃を防ぐと、次は犬お姉さんからの攻撃。
退路を制限され、魔人が徐々に魔竜から離れた場所に誘導されていくのが見えた。
倒す為ではない。
どうやら魔人を抑え込むのが目的の様だ。魔竜の方は、その間に残った面子で畳みかけるのだろう。
「これも防ぐかっ」
――多分。
暴走犬お姉さんについては、どうだか分からないけど。
うん、多分。
戦いの中の大きな動き。
魔人と魔竜が分断されてから、戦いはより一層激しさを増していた。
先程まで、大人数と互角以上に戦っていた魔人を抑え込む二人。
ひたすら突っ込む犬お姉さんと、その隙を利用することで魔人の注意力を削ぐアニキ。
連携だけど連携じゃない。
以前アニキの言っていた「放っときゃ良いんだよ」の本当の意味が、少しだけ分かった気がする。
でもそれよりも――
「はぁっ!」
「ふっ!」
青白く淡く。2本の光る剣が軌跡を描く。
それを受ける魔竜の動きは――徐々に、徐々に。その鋭さを失っていく。
グルォオォ――と意味を為さない咆哮がホールに響く。
そろそろ限界が近いのかもしれない。
だけど――ふと気づいた。
あの時も。今も。
何故この脚竜族は喋らないんだろう?
今まで唯一聞いた言葉は確か――
「キュロちゃん」
今まで静かだったソニアの呼び掛けに。
僕は思考を中断する。
そうか、もうそろそろだね。僕も準備しないと。
僕の役割は、ソニアをその場まで連れていくこと。
そして――考えながら、何気なく。傍らで持ち物を確認しているソニアを眺めた。
あとはソニアが――って。あれ?
ソニアの手に光る瓶に目が留まる。
さすが聖国の掲げる巫女の一人。お高いガラスの瓶を使ってる――じゃなくて。
『ソニア――それって?』
「うん。これが私の切り札だよ」
ソニアの持つその瓶の中で揺れていたのは。
どこかで見たことのある――粘度の高い黒い液体だった。




