207.召喚
それにしても――
僕はソニアへの説明を早々に放棄し、アニキ達の動きを目で追っていた。
追っていた――けど。
正直に言うと。
先程暴走犬お姉さんが魔竜っぽい壁を攻撃して以降、その光景は奇妙なものとなっている。
いや。
もちろん実際は、胃袋の底がひりつくような――そんな限界ギリギリの戦いが繰り広げられているのは分かっている。
それは分かってはいるんだけれども――
ひたすら壁に突撃しては跳ね返される姿が、あまりにもシュールなのだ。
せめて魔人が戦いに加わっていれば、戦闘っぽくなると思う。
思う――けど。
魔人は先程から、壁の向こうに隠れて出てこようとしない。
――いや。もちろん。
今魔人が出てきたら、戦況が一気に傾きそうだから。
魔人が出てこないという事は、僕達にとってはありがたい事。
――なんだけどね。
それよりも――
僕はホールの入口に目をやった。
今は。気になることがある。
そう――まだ来ない。まだ来ないのだ。
この隙に、無口おじさんと毒術お姉さんが合流してくれれば、戦いを有利に進められるはずなのに。
もう戦いが始まってから、10分以上は軽く経過している。
もしかして迷った?
そう思ってしまうぐらいに――遅すぎる。
無口おじさん達が今どこに居るのかは気になるけれど。
そのために『サーチ』の術を使ったら、僕達の隠れ場所が魔人に見つかってしまう恐れがあるし。
だから今は軽々しくは使えない――――
――と。
そこまで考えて、ふと気づいた。
もしかして――魔人が壁に隠れている今なら大丈夫なんじゃ?
いや、むしろ今しかないよね?
迷っていて機会を逃す者は、御馳走を食べ損ねるという格言もある。
その格言に後押しされるようにして。
やるなら今でしょとばかりに、僕は急いで『サーチ』の術を発動させた。
まっすぐ伸びる紫光。
少し集中して有効範囲を変化させることで、対象までの距離も把握できる。
これでどの辺りに居るか探って、必要なら――って、あれ?
てっきり二人とも遺跡の中をぐるぐると迷っているのかと思ったけど、反応があったのはこのホールから随分と近い場所だった。
しかも――さっきからずっと同じ場所に留まっていて、移動していない。
もしかして、迷っちゃって行き止まりで途方に暮れている?
それとも罠に嵌って動けない?
戦闘中かもしれないから。念の為、近くに魔物が居ないかも確認してみたけど――そんな反応もない。
うーん。何だか謎だけど。
僕は――御馳走はすぐに食べたい派なんだ。
迷わず。
そのまま追加で術を仕込む。
『サーチ』で取得した場所に微調整しながら『ポケット』を連結する。
最後に、ホールの端の辺りに出口となる『ポケット』を配置して。
『ゲートっ』
控えめに。
小声で呟く。
術を起動する。
僕の見ている先、空中に黒い穴が――開く。
「――めだ」
「――こはね、通すわけには――きゃっ」
狙い通り。
穴から行方不明だった二人が落ちてきた。召喚成功だ。
それを確認してすぐに。他のものが入ってこない様にゲートを閉じる。
無口おじさん達は辺りを素早く見回していたけど――どうやら、魔竜と戦うアニキ達に気づいたようだ。
これで、戦いの行方はこちらに有利に傾くだろう。
僕は。やり終えたという達成感に身を任せる。
後の出番は――戦いが終盤になった時だから。
それまで、少し休んでイメージトレーニングをしておこう。
――――そう言えば。
さっき二人を召喚した時に何か言い掛けてたけど。
何だったんだろ。あれ。




