205.待ちびと
無音――その中で。
前触れも無く、アニキと勇者のお兄さんだけが左右に分かれて反転した。
疑問に思って目を凝らす。
すると先程までアニキ達が立っていた場所に、目の前に居たはずの魔人が居た。
――どうやったのかは全く分からないけど、一瞬であの位置まで移動したようだ。
そして。
その動きに瞬時に反応できる辺りが、この場に居る人達の強さなのだろう。
僕がこうして考えている間にも。一撃を入れようと、4人ともが魔人の周囲を目まぐるしく駆け回っている。
もちろん、僕には何が起きているかは全く分からない。
いや、あの時と違って。動き自体は目で耳で――感覚で追えるけれど。
その動きが、鳴り響く音が。弧を描く光の残像が何によるものなのか理解が追いつかないのだ。
今まで魔物との戦闘に巻き込まれたりしたことはあったけれど。一言で言うと、それとはレベルが違い過ぎる。
なぜだろう。あの時はここまで感じなかったけど――今は。
こんな所にやって来た自分達の無謀さ。それを理解できた。
戦闘が始まって2、3分といったところだろうか。
お互いに致命的な一撃を入れることのできないまま、時間だけが過ぎている。
何となくだけど――お互い出方を伺っているというか、防御を主体にしているというか――積極性に欠ける感じだ。暴走犬お姉さん以外。
もしかしたら、アニキ達は後続の無口おじさん達を待っているのかもしれない。
――でも。
ふと、違和感を覚えた。
アニキ達はともかく、魔人は何を待っているんだろう?
何かの罠? それとも援軍? もしかして、アニキ達が全員揃ってから大技で一網打尽にしようとしてる?
色々な可能性が浮かんでは消える。浮かんでは消える――けど。
今何かが――僕の中で引っ掛かった。
だけど――何が?
罠――可能性は無くはないけど、僕達が見ている限りこのホールにそんなものは仕掛けていなかったと思う。状況からすると、事前に仕掛けていたとも思えないし。
援軍――他に魔物が居たとして、それを思い通りに操るのは無理だと思う。
大技で一網打尽――人数が増えると不確定性が増すから、余計に一網打尽にはできなくなると思う。
思い返した上で少しだけ考えてみたけど、引っ掛かることなんて――
――いや。ちょっと待って。
僕は、ホールの奥側に目を向けた。
そこには、高さ5m以上の壁が――違う。
そこに在るのは――
僕は『サーチ』の術を起動する。
紫の光が魔人と壁に伸びていって――壁がその色と形を変えた。
そうだ――魔竜だ。
恐らくあの時。魔人の姿が突然、影に変わった時だと思うけど――
気づかない内に、魔竜の認識ができなくなっていたのだ。
そして――それはつまり、魔人は魔竜の目覚めを待っているということで。
だけども多分。アニキ達はこの事に気づいてなさそうで。
だから僕は。
覚悟を決めて――息を吸った。




