204.惑乱
一歩一歩と。
近づく足音が――否応にも心臓を高鳴らせる。
見ていたくはないのに、目を離すことができない。
そして――そんな僕を追い詰めるかのように、魔人はこちらに歩を進めている。
徐々に徐々に。
近づくに連れ、魔人の表情が見えてくる。
眉間に皺を寄せて、困惑――じゃなくて警戒。
このままだと見つかるのも時間の問題――いや。
現実逃避はもう止めよう。これは絶対に見つかっている。
――せめて、ソニアは守らなきゃ。
もう魔人との距離は30mを切っている。
隣では銀騎士のお姉さんが、呼吸を浅く整えている。
僕も覚悟を決め、術をいつでも起動できるように集中を始めて――
突如。
足音が消える。
魔人の姿が朧に変わる。
目の前で起こったその変化に、僕は息をのむ。思わず声を上げそうになる。
そこに残ったのは宵闇のような――人型の影。
いや、お姉さん?
何だこれ? 震えが止まらない。
何も――特別な術を使ったようには見えなかったけど。
一体今――何が起きた?
気づけば。
いつの間にか蹲っていた僕の背中を、ソニアが揺すっていた。
――守らなきゃと思ったそばから。
自分で自分が情けなくて。許せなくなって。
腹の底に力を入れて。顔を上げて。岩の隙間から前を――見た。
そこにある人型の影はそのままで。
そして、先程よりも少しだけ近づいていて。
だけど――そんな事よりも。僕の視界には――
影のような姿の魔人が反転する。
同時。
響く金属音。跳ねるもう一つの影。
「やるなっ!」
あれは――――暴走犬お姉さん!
いつも暴走ばかりして、僕も周りも困らせられていたけれど。
今だけは、その暴走が有難い。
「まったくあなたは――どうしてこんな時も一人で暴走するのでしょうか?」
「まぁ。いつも通りだな」
勇者のお兄さんとアニキも、それぞれ剣とナイフを構えながら現れた。
アニキは一瞬こちらを見た気がするけど――これも気のせいだよね。
後は、無口おじさんと毒術お姉さんも――って、あれ?
「せめて、全員揃ってからにならなかったのか?」
そこに現れたのは、あまり見覚えの無い顔のおじさんだった。
えーと。
そういえば、もう一人勇者の卵の人が追い掛けてたんだっけ?
そういう目で見ると、何だか道中で見た覚えがあるような気もしてきた。
――どちらにしろ。
無口おじさんと毒術お姉さんはまだ到着していないようだ。
そう言えば、二人とも足が少し遅かった気がする。
「暴走とは心外な。好機はその時にしか訪れない。ただそれだけの事」
「あなたは――」
「分かった分かった。それよりも――来るぞ」
僕がアニキ達に気を取られている間に。
目の前に居たはずの魔人が――消えていた。




