200.震える体
魔人が――大魔?
そんな訳ないよ。だって記憶の中で大魔と呼ばれていたのは――
――そこまで考えてようやく。
僕はその違和感に。その意味する事に――気付いた。
そう。
あの時の記憶は、飛び飛びではあったけれども。
記憶の中で大魔と呼ばれていたのが魔竜――脚竜族だったことは確実だ。
そして――だとするならば、当然の帰結として。
その契約者が。魔竜の契約者が――居たとしてもおかしくはない。
――いや。
あの時見かけなかっただけで、むしろ居ないと考える方が不自然だ。
『ねぇ、ソニア』
「キュロちゃん」
相談しようと呼びかけた直後に、ソニアが僕の言葉を遮る。
ちらと一瞬だけ動いた視線の先には銀騎士のお姉さん。
聞かれたくない――ということかな。
僕の声は聞こえなくても、ソニアの声は聞こえてしまうから。
そう思ってソニアの顔を見ると、頷きを返してきた。
僕が黙ったことにより、その場に沈黙が訪れる。
ソニアは何かを考えているようで無言だ。
すると――その沈黙を払うように銀騎士お姉さんが口を開いた。
「どうなされますか? ソニア様」
「――そうですね」
一拍を置いてソニアが答えた後、こちらを見る。
――あれ? まだ何かあったっけと思ったのも束の間。
「いずれにせよ、戦況を確認する必要があります。ですので――キュロちゃん。さっきの術をお願い」
『――分かったよ。ちょっと待って』
さっきの術とは。
多分――『スキャニング』の事だ。
普通だと地形程度しか把握できないけど、今なら集中して精度を上げれば――
僕は目を瞑って集中し『スキャニング』の術を発動する。
広がろうとする『力』の範囲を絞る。
この先の大部屋に範囲を絞って――
『――っ』
頭の中に『スキャニング』により得られた情報が、大量に流れ込んでくる。
反射する『力』が脳裏に像を結ぶ。仮想の空間が構築される――その中を動きまわる幾つもの物体の像と共に。
警鐘を鳴らすかのように響く頭痛を抑えながら――右中指の爪を使って、地面に大部屋の様子を描いていく。
「キュロちゃん――大丈夫?」
『――何とか』
少しだけ――強がりを交えつつも。
脳裏の虚像を元に戦況を描き写す。ただ描き写す。
『こんなもの――かな』
完成と共に術を解除した。
すぐにソニアとお姉さんへの説明に移る。
『この隅に5人ほど固まっているね。大きな動きは無いけど――多分真ん中の人を守ってるんじゃないかな。あと、激しく動いているのは6人。多分、魔人もこの中かな。後は――この辺りの岩の影に隠れて時々動いているのが4人――かな』
僕は一つ一つ指さしながら説明する。
念のため、途中で銀騎士のお姉さんの方も見てみたけど――きちんと伝わっているようだ。
他に5,6人は居たはずだけど――そこについては何の指摘もなかった。
僕も言及する気はないけれど。
「――ロッソさん達は?」
ロッソさん?
――ああ、ロッソ兄さん。勇者のお兄さんのことか。
僕は首を振る。
『これだけじゃわからないよ。『サーチ』を使えば分かるかもだけど――それよりも』
僕は通路の先を見る。
『直接見てみた方が早いかな』
言い終えるより前に。
通路の先、その角へと近付いていく。
「気――つけて――」
ソニアの声が背後から微かに聞こえた。
言われるまでもなく。
僕は。その角から顔をわずかに出して――
視界に飛び込んだその影の。
その人型の。
目と――目が合った。
渦巻く感情。襲い来る悪寒。
先程とは比べ物にならないほどの体の震え。
何か。何かが欠落しているような不可思議な感覚。
――恐らく。
それは一瞬の交差。刹那の邂逅。
遅れて――我に返った僕が見たものは。
その身を翻し、遺跡の奥へと走り去る姿。
ただそれだけだった。




