193.戦況観測
「ソニアはここに隠れていてください」
「お前もだ」
目線を前に向けたままのアニキ達。
その表情には隠し切れない焦燥が浮かんでいた。
――僕が違和感について考えている間にも。
目の前の夢はどんどんと進んで行く。
まるで僕が考えることを拒否するかのように。
そう。今も“僕”は隠れている岩陰から顔を突き出して――
「――駄目だ」
――尻尾を掴まれ引き戻された。
“僕”は振り向いた先の無口おじさんに抗議しようとしたみたいだけれど、声に出す前にその口をアニキに塞がれる。
「こ・こ・に・い・ろ」
普段と違って真剣な表情のアニキに“僕”も口を閉じる。
――いや。単に、口を無理やり押さえ込まれてるだけなんだけど。
それにしても――
僕は先程ちらっと見えた大魔の姿を思い返す。
大魔の姿は、現実で僕達が聞いていた通り竜の姿をしていた。
この辺りは夢も現実も同じらしい。
それに。これも聞いていたことだけど体がもの凄く大きい。
頭から尻尾の先まで20mぐらいという話だったけど、耳で聞くのと実際に見るのでは印象が全く違う。
まさに――大魔の名にふさわしい存在感。
その大魔が、直径200m以上はありそうな円形のホールの中央に伏せていた。
正直――あんなのに近付きたくはない。
「では――参りましょう」
銀髪おじさんの合図と共に、討伐隊の皆が岩陰から飛び出しホールの中に入る。
岩陰に残ったのは“僕”とソニア。それと――何とかの巫女だという仮面老人だ。
子供と老人ということで、二人とも魔物との立ち回りについていくことは不可能。
なので、討伐隊に『祈り』を捧げて祝福した後は、戦いが終わるまでこの場に隠れることになっている。
皆が出て行ってからすぐに。
ホールの中からは金属同士を叩き合わせるような轟音が響いてきた。
どうやら、始まったようだ。
ここまで来たら、もう“僕”達には何もできない――まるで夢の出来事を傍観する僕のように。
できるのはそれこそ、祈りを捧げて戦いの結末を待つ。それぐらいだろう。
――そう思っていたら。
「巻き込んでしまって――ごめんなさいね」
今まで無言だった仮面老人が声を掛けてきた。
手足の雰囲気から想像していたよりも張りのある、女の人の声だ。
“僕”が声の方を向くと、仮面老人はこちらに向かって頭を下げていた。
「ううん。私の決めたことだから。それに――良く覚えてないけど、私のお父さんもお母さんも。多分お姉ちゃんも。魔物のせいでいなくなったんだって思うから。だからこれは私の――」
僕には、そう語るソニアの顔が少し寂しそうに見えた。
「そう――それでも。ごめんなさいね」
その表情から目を逸らすように、再度仮面老人が頭を下げる。
表情は仮面で分からないけど――恐らく、その仮面の下には苦悩に満ちた表情がある事だろう。
そんな姿を幻視してしまうような。そんな声色だった。
――それから、10分程だろうか。
ホールから聞こえる轟音が、明らかに少なくなってきた。
そしてその事が“僕”も気になったのだろう。岩陰から顔を出して覗き見を始めていた。
そこで“僕”が見た、戦闘の光景は――――
一言でいえば順調。
討伐隊は想像していたよりも優勢に戦っており、大魔討伐も時間の問題だと思えた。
――大魔の目が、黒く。
そしてその後――桃色に光るまでは。




