192.不安な気持ち
北への旅は順調だった。
騎士の人達は馬や竜車に乗っているし、“僕”も借りてきた竜車を一竜で引いているから、全速力には程遠い。
だけど――それでも。
余分な人達が居ないだけで進行速度は段違い。
このペースでいけば、5日もあれば余裕で目的地の遺跡まで到着できるだろう。
まさに快適と言ってしまっても良いのかもしれない――この雰囲気さえ違っていたら。だけど。
だって“僕”が時々左右を向くけど、その時に見える顔は皆――決意を秘めた悲壮な顔で。
とてもじゃないけど――軽口を叩けそうな雰囲気ではないから。
「――っち」
と思ってたら、後ろから舌打ちが聞こえた。
「揃ってシケた面しやがって。んな顔してっと喰われるぞ」
「まあまあ。彼等は僕達と違って仲間を失ってますから。仕方ありませんよ――今はまだ」
「あー。わーったわーった。お前は真面目君だったな」
「茶化さないで下さい」
――思いっきり軽口だ。
流石にマズいんじゃない? と思ったけど、僕にそれを伝えるすべはない。
それどころか――
「さぁ行くぞ騎竜。どっちが先に次の町に辿り着くか――競争だ」
暴走犬お姉さんもそちら側だった。
『えー。僕、竜車引いてるから不利なんだけど――ま。良いか』
「む。卑怯だぞ騎竜!」
“僕”が突然走り出す。お姉さんも後を追ってきた。
――“僕”も完全にそちら側だった。
――――――
《それは駄目だっ! 止めろっ! 止めるんだ“僕”っ!!》
思わず声を上げようとする僕。
その僕の叫びを情動を。
あざ笑うかのように――“僕”の手が動く。
視界の端にニヤリとした笑顔を浮かべたアニキの姿が映って――
――あああっ!
『っ!! ゲホッ。何だよこれっ!』
盛大にむせる“僕”。
当然だけど、僕も息苦しい。というか――痛い。
痛い。痛いいたいイタイ――
「すげぇだろ。それ」
そのまま転げ回る“僕”の耳に、楽しそうなアニキの声が届いた。
だけど、“僕”は何も言葉を返せない。
「どうしたのキュロちゃん。これ、おいしーよ? ね? イスカお兄ちゃん」
「お前――いや。何でもねぇ」
ぐったりとした“僕”の横で、アニキとソニアが話す声が聞こえてくる。
出発から3日。初めは悲壮感の感じられた騎士達も、既に落ち着きを取り戻している。
そして一方の僕達は――相変わらず。
今も、昨日アニキが買った激辛おかきを食べさせられて、ヒドイ目にあったところだ。
夢なのに痛いとか、拷問としか思えない。
「あら? 随分楽しそうね。おやつかしら」
ようやく落ち着いてきた“僕”達のところに現れたのは、白ローブに身を包んだ毒術お姉さんだった。
その手には、なぜだか皮袋がある。
「もし暇ならなのだけど――少し薬草採取に付き合ってもらえないかしら。この辺りに生えるナエシ草が必要なのよ」
「うんっ! キュロちゃんも行くよね!」
『うん――そうだね。行こうか――あれ?』
“僕”が周りを見回した時。
既にアニキは消えていた。
――流石斥候職。危機察知能力が高い。
――だけど。
下手に逃げない方が良いと思う。
微笑みを浮かべるお姉さんを視界の中に捉えながら――なぜかそう思った。
――――――
僕の予想通り。
その場所に辿り着いたのは、出発から5日後の昼過ぎだった。
まだ早い時間なのに、既に薄暗いあたりは――現実と全く同じ状況だ。
向こうの方で、銀髪のおじさんと勇者のお兄さんが鎧を着たおじさんと話をしている。
あのおじさん――どこかで見たおじさんだと思ったら後方支援部隊の隊長さんだね。
多分、お互いの持つ情報を交換しているんだろう。
これは長くなりそうだ。
「――休むぞ」
勇者のお兄さん達を眺めていた“僕”に、背後から声が掛けられた。
珍しく無口おじさんの声だけど――なんでこの人いつも背後から現れるんだろう?
“僕”が振り返ると、おじさんは返事も聞かずにみんなの方に歩を進めていた。
――というか。
既に他の皆は思い思いに座って、さっきの町で買ったお菓子を食べていた。
『あーみんな! 僕のも残してるよね!?』
駆け寄っていく“僕”を皆が笑いながら見つめていて――でも。
その仕草に。雰囲気に。笑顔の裏に。
不安な気持ちが――見え隠れしていた。
――――あれ? 今何か違和感が。何だろ。




