191.悲劇の足音
ああ。楽園は今。
ここに――顕現した。
「キュロちゃんは今日も幸せそうだね」
ソニアの言葉に“僕”は無言で頷く。
奇しくも僕も全く同じ気持ちだ。
こんな時に――安っぽい言葉なんて口にできるわけがない。
「でも――そんなに口いっぱいに頬張らなくても。お肉は逃げないよ?」
ソニアはそんなことを言ってるけど。
このお肉が美味しすぎるから――仕方ない。
――ああ、本当に。
心の底から感慨が沸き上がる。
味覚を感じることができて良かった――って。
早いもので。
僕達が聖国に着いてから、3ヵ月が経過していた。
ソニアは修行と称して毎日神様にお祈りを捧げている――らしいけど。
なぜか“僕”はずっと美味しいお肉を食べているだけ。しかも食べ終わった瞬間に、次の日のお肉が現れるのだ。
夢だとか夢じゃないとか、もはやどうでも良い。
――美味しいお肉の永劫回帰――
これを楽園と呼ばずして僕は。一体何を楽園と呼べば良いのだろう。
食べている場面ばかりなので、ソニアの事もアニキ達の事も。
一切合切全く何にも。細かい動向は分からないけど――そんなものは些細な問題だ。
ただ一つ。
懸念があるとするならば――
「ソニア様」
その声を聞いた瞬間。フラグ――という言葉が僕の脳裏を過る。
そこには、まるで僕の懸念をなぞるように。
――真剣な顔をした銀騎士のお姉さんが、ソニアの前に跪いていた。
そうだ。そうなのだ。
現実と同じなら、そろそろ北へと旅立つ時期。
そうなってしまえばこのお肉とも。この楽園とも――お別れなのだ。
別れを悟った僕は、最後の晩餐とばかりに味覚に――“僕”のかぶり付くお肉の味に集中する。
本当に夢なら覚めないで欲しい。
「――――しました」
――そんなことを考えていたから。
僕は銀騎士のお姉さんの言葉を聞き逃していた。否、聞こえないフリをした。
本当は“僕”には、はっきりと聞こえていたのに。
『――ねぇお姉さん。それって――どういうこと? 大魔は――大魔はどうなったの?』
“僕”の言葉が部屋の中に響く。
お姉さんからの返答は――ない。
もちろんお姉さんには“僕”の声は聞こえないんだけど。
でも――“僕”が言いたかったことは伝わっていたと。そう思う。
それでもお姉さんが無言だったのは。多分――
――――――
その日の聖殿は。
ざわめきに包まれていた。
そんな中。
“僕”とソニアとアニキ達は、聖殿内の一室に集まっている。
外のざわめきが何も聞こえない静寂に満ちた部屋。
もちろん、いつものお肉部屋とは違う部屋だ。
そして“僕”達の目の前には――白い仮面を被った人が椅子に座っている。
多分――棒のようにガサガサで痩せた腕や足をしてるし、老人だと思う。
その横に控えるのは、厳つい銀髪銀鎧のおじさんだ。
――どこかで会ったような気がするけど思い出せない。銀鎧だし、ソニアの隣に居るお姉さんと同じ銀騎士だと思うけど。
「状況は聞いての通り」
――と。
銀髪おじさんが沈黙を破る。
聞いてないとか、到底言えそうにない威圧感だ。そもそも言えないんだけど。
「――我々はこれから第2次討伐隊を編成する。しかるに中核を担う者を新たに充てる必要があるのだが――」
おじさんが仮面老人の座る椅子の背に手を置いた。
「此度は、託宣の巫女様と我々聖域の騎士が中核を務める。そして天運の巫女様とそなた達には――我々と共に御越し頂きたい」
「僕は反対です――ソニアはまだ子供。『祈り』のスキルが使えるようになったとはいえ、まだ魔物の――それも大魔との戦いには。私達だけで」
「――承知した。では、シャルレノよ。引き続き巫女様の――」
「待って下さい!」
銀髪おじさんの声をソニアが遮る。
皆の目がソニアに向いて――
「私も――行きます。みんなの後ろで良いから――お願いです」
――なぜだろう。
この夢の中で。
ソニアの感情は伝わってきたことはないのに。伝わってこないはずなのに。
下を向くその横顔が――悲しく見えるのは。
当初想定より長くなってしまってますが、本エピソードはあと3~4話で終わる予定です。




