187.見守るもの
モヤモヤが晴れない。
――結局。
しばらく続けていたアニキとの会話では、ユニィの事は分からなかった。
もちろんこれは、夢の中の事だとは分かっているんだけど。
それでも――気になるものは気になる。もの凄くモヤモヤする。
それに――だ。
体が思い通りに動かないというのも、モヤモヤの原因だ。
しかもそれでいて、“僕”が歩く時の足裏の感触や扉をくぐるときの胴が擦れる感触。ぶつけた尻尾の痛みなんかはやけにリアルで――とにかく気持ち悪い。
そう。まるで病室で目覚めたあの時みたい――って。
何だこれ?
変な記憶まで、いつもよりも生々しいんだけど。
そんな風に。
僕がモヤモヤしている間に“僕”は階下に降りていたようだ。
“僕”の視界に映る玄関扉の前には、ソニアの他にも二人の人が居た。
一人は勇者のお兄さんだから当たり前なんだけど、もう一人は――どこからどう見ても銀騎士のお姉さん。
まぁ、お姉さんは最近ソニアとセットだったし、夢の中でも一緒なのは当然だけど。
そう思ってたら、お姉さんが声を掛けてきた。
それも姿勢を改めて。
「リーフェスト殿。貴殿の助力感謝致します――この恩はいずれ」
『そんなの気にしなくても大丈夫だよ』
“僕”が首を軽く左右に振り、否定の仕草を返す。
意図が伝わったのか、お姉さんが「しかし」とか言ってるけど――
一体どんな設定なんだろうこれ。いや、夢に意味なんてないか。
僕の思考が寄り道している間にも、“僕”の口が開く。
『それよりも――ソニア。どうするの? 聖国に行くの?』
「えーと」
ソニアは勇者のお兄さんの方をしばらく見上げた後。
“僕”の方を向いた。
「――行かないよ」
『えー。そうなの? 何だか聖女の卵みたいなのになれるんでしょ?』
“僕”の言葉を聞いたソニアの口先が少し尖っている。
僕にはソニアの感情が伝わってこないみたいで、正確なところは分からないけど。
ユニィがあの顔をした時に伝わってきた感情は不満だった――と思う。
――もしかして、勇者のお兄さんに止められたのかな?
そんなことを考えていると、背後からアニキの声がした。
「おーい。そんな顔するなよソニア。まだガキなんだからよ」
そのまま“僕”の脇を抜けていくと、ソニアの頭に手を置いてくしゃくしゃする。
「もう少し俺達に守らせてくれよ」
「そうですね。聖国にお越し頂けないのは残念でしたが――今後は私も微力ながらソニア様を護らせて頂きますので、御安心下さい」
下を向いたソニアの口がさらに尖るのが見えた。
そしてその口が開きかけて――言葉を発する寸前。
勇者のお兄さんに遮られた。
「ありがとうソニア。――でも今は。僕達があなたを守ります。それでも――というのであれば。そうですね」
お兄さんがソニアの前に膝をついて、顔を覗き込む。
「あなたが成長した時に――僕達を守ってくれますか?」
皆が無言となる中。
下を向いていたソニアの肩が少し震えて――止まった。
「――うん」
その声はまるで――
眠りにつく直前。あの時に聞いたソニアの声。
その時と同じ声色だった。




