186.友誼の儀
ここから物語の都合上、少し表現が複雑になります。
合わせた額。唱えられた僕の名前。
そして。
困惑する僕の思考とは裏腹に――高揚する僕の感情。
疑いようがない。これは――でも。
なんで僕とソニアが?
もうユニィと契約しているはずなのに?
そもそも――ユニィはどこに居るの?
《ねぇ、ソニア。何これ? ユニィはどこ?》
思わず疑問が口をついて――出てこない。
それどころか。
さっきから周りを見回そうとしているけれど、首が全く動かない。
そして今は。
僕は動かそうとしていないのに。“僕”の額がソニアの額から離されて――
ああ――唐突に僕は。
理解した。
これは――夢だ。
そう。この知らない部屋の中も。
この感情も。この困惑も。
『ソニア――これからよろしくね』
「うん。リ――キュロちゃんもよろしくね!」
――聞こえる“僕”の声も、この言葉も。
『キュロちゃん?』
「そ。キュロちゃんはキュロちゃんだよ。だって――鳴き声がキュロキュロ聞こえてたんだもん」
――そう。すべて。
すべては夢なんだ。
僕が一竜納得していると、部屋のドアが開いた。
「おいソニア。友誼の儀は終わったのか?」
うん。もう僕は驚かない。
「うん。イスカお兄ちゃん。無事契約できたよ」
『ありがとう。おじさんのおかげだよ』
「そうか。それじゃお前も今日から俺達の家族だな」
たとえアニキが夢に出てきても。
首の後ろに回された腕の感触が生々しくても。
「――あーそうだ。そういやソニア。ロッソが下で呼んでたぞ」
「うんっ! じゃあまた後でね。キュロちゃん」
ソニアがドアから出ていく。
閉められたドアの向こうでパタパタという足音が遠ざかっていった。
同時。首に回された腕による締め付けが強くなる。
でも、これは夢だから平気。平気平気。
へいきったらヘイキ――
「――あと一つ覚えておけ。俺はおじさんじゃねー。お兄さんだ。お兄さん。そうだな――俺の事はイスカ兄さんと呼べよ。な?」
『痛い。痛いよ。分かったからやめてよ兄さん』
《痛い。痛いよ。分かったからやめてよアニキ》
“僕”の声と僕の情動が合致する。
流石にアニキの腕が緩むのを感じた。
――助かった。
そう安心したのも束の間、そのままアニキが顔を寄せてくる。
頬の髯が地味にチクチク痛い――けれど。
「なあ。リーフェスト――だったか。お前、ソニアを泣かせるなよ。――特に」
アニキが言葉を切る。いつの間にかアニキの声は低く。
部屋の雰囲気が――変わっていることに。ようやく気付いた。
「本当の家族の話は絶対に聞いちゃ駄目だからな。気をつけろよ」
――本当の家族?
ユニィとアリアさんのこと? なんで?
『何かあったの?』
僕が頭の中を?で埋め尽くされている間に、“僕”がアニキに問い掛けていた。
アニキは眉をぴくっと動かすと――小声で教えてくれた。
「親父は物心付く前に亡くなってたらしいんだが、問題はお袋の方だ。まぁ一言で言うと――あいつの住んでた村が、大量の魔物に襲われたんだよ。あいつのお袋はその時に――な」
お袋って――アリアさんのこと?
耳を疑う。俄かには信じられない。夢だとしても酷すぎる。
だけど、そんな僕にはお構いなしに。アニキはさらに声を潜めて続けた。
「俺達はその襲撃後に偶然近くを通り掛かったんだが――ありゃガキに見せて良いもんじゃねぇ。幸いうちの術師が心術を使えたんで、その時の記憶を忘れさせることができたんだが――それでも記憶が戻る可能性はゼロじゃねぇんだ。だからな、あいつに不用意に家族の話はするんじゃねぇぞ」
《――それなら。それならユニィは!? 「お袋は」ってことは、ユニィは大丈夫だったんでしょ? ねぇどうなの!? 黙ってないで何とか言ってよアニキ!》
声を出そうとするけど。アニキを問い詰めようとするけど――その情動は声にならない。
代わりに“僕”の口から出てきたのは。
『分かった。気をつけるよ』
月並みな。
そんな言葉だけだった。
(補足)以降当面の表記方法について
・地の部分:僕が“僕”を介して見たもの感じたもの、僕の心情
・《》内 :僕が口にしようとした言葉。情動
・『』内 :“僕”が口にした言葉。正確には“僕”の耳に聞こえた“僕”の声
・他人/他竜の声等は今まで通り。




