174.岩塊のゼム
――なんでここに?
僕の目の前に居たのは――脚竜族殺し。その人だった。
しかも、僕の事をもの凄い目付きで睨んでいる。
本当に――視線で射殺されてしまいそうな程に。
――このままじゃまずい。
どこかに――どこかにこの危機を回避する手段は――
僕は周囲を素早く見渡した。
右を向く――視界の左端に居る。
左を向く――視界の右端に居る。
上を向く――視界の下端に居る。
正面を向く――さっきより近い。
思わず目を瞑って――目を開けられなくなった。
目を開いた時――先程よりも近くに居たら。
僕は一体、どうすれば良――
「おーい。何やってんだぁ? ゼム」
救世主の声が――聞こえた。
「あーこのガキか。確かにこいつはおもしれーからな。――けどよ。お前が興味を持つとか珍しいな」
アニキはあの脚竜族殺しを相手に、平然と話しかけている。
――何だかカッコ良い。
今度からアニキと書いてアニキと読んでしまいそうな程に。ただカッコ良い。
僕が極限の恐怖と僅かな弛緩で混乱している間にも、アニキの話は続いていた。
「それとも――もしかして、お前も御者をやりたいってやつか? 確かに、楽はできるけどな――お前脚竜族の言葉は分かんねえだろ? まぁ、諦めな」
「見えない」
――え?
「――は?」
突然の脚竜族殺しの言葉に、僕の心の声とアニキの声が同期した。
思わず目を開けてしまい――心臓が止まりかける。
「光が見えない」
文字通り、目と鼻の先に迫る脚竜族殺しの顔。
体が動かない。動けない。
脳が動かない。動けない。
「あーなるほど。アレね。それはあれだあれ。お前――年食ってるから見えねんじゃね? 良く言うだろ?」
「――そうかもしれんな」
呟いたその言葉と共に怖ろしい顔が離れていく。
まだこちらを睨んではいるけれど。
――とはいえ。
ようやく僕は思考を取り戻した。体も何とか動きそうだ。
それじゃあ――
僕は踵を返して――逃げ出した。
『ありがと! これからはアニキの事、アニキって呼ばせてもらうよ!』
助かったという安堵と感謝の気持ち。
だから――自然と口から出た言葉は、僕の本心だ。
――やっぱおもしれー奴だな。
僕の耳に届いたその言葉は。
今度は幻聴じゃないと思う。
――――――
――で。
『ユニィはこんなところで何してるの?』
「リーフェはなぜこんなとこに来たの?」
なぜだか笑みが零れる。
『脚竜族殺しの人から逃げてきたんだよ』
先に答えて、僕は周囲を見回した。
ユニィが居たのは林と草原の境界。少し陰になった場所だ。
北に向かっているからなのか、秋が近づいているからなのか。少し涼しい。
「リーフェ! またそんな失礼な事言って。だめだよ、ゼムさんにちゃんと謝らないと。あの人――見た目は怖いし無口だけど、すっごく優しいんだよ?」
ユニィがとんでもないことを言っている。
極限の恐怖にさらされた時に、混乱して頭がおかしくなったのかもしれない。
もの凄く心配だ。
――と。
目を細めて見ていたら、思い出したようにユニィが言葉を続けた。
「――そうそう。私が何してるかだよね。――ほら。薬草採取してたんだよ」
ユニィがとんでもないことを言っている。
極限の恐怖にさらされた時に、混乱して頭がおかしくなったに違いない。
もの凄く――もの凄く心配だ。
まさかとは思うけど――それで、草団子とか作らないよね?
そんなことされたら――失ったはずの記憶が蘇ってしまいそうだよ。
※次回以降はアニキのルビは省略となります。心の目で補完願います。




