159.左手と右手
ウィルノレジス氏の言葉。
それが意味する事を――私は知っている。
否――私はその事を既に知っていたのかもしれない。
『祈り』のスキルを持ち、聖女の花芽と呼ばれる巫女には――祈りを捧げ加護を授かる『神』が居る。
我々が擁する「託宣の巫女」には「黄昏と先見の神」。
南の大陸より招聘した「慈愛の巫女」には「月と生命の神」。
我々が氏に求めたのは、少女に加護を与える『神』の鑑定。
そして氏による答えは――
「彼女に加護を与える『神』は――――存在しない」
私は傍らの少女を見た。
その表情には――いつもと同じく変化は見られない。
――ああ。やはり。
私は確信した。
少女も――その意味を知っている。
「神無の巫女」――聖国に残る文献にその名は三度現れる。
それは加護を失いし巫女の呼び名。
それは奇跡を為した巫女の呼び名。
或る者は死者を蘇生し。
或る者は大魔を滅し。
また或る者は平原を天高く聳える山に変えた。
――では。
この少女は?
何を願い――何を為した?
「――シャルレノさん」
少女の声に我に返る――自らの心の乱れを悟る。
「何でも御座いません。ソニア様」
覗き見た少女の瞳に浮かぶ陰は。
まだ――晴れない。
――――――
「討伐隊の編成をお持ちしました」
「御苦労。下がって良い」
討伐隊本体の編成が決定したという報告と共に受け取った書簡。
そこに示された討伐隊員の名前を確認し、私は息を吐いた。
――妥当な編成だな。
「慈愛の巫女」を中心に『破邪』のスキルを持つ者4名、それらと共に戦うもの20名。
先遣隊によりもたらされた情報によると、大魔の潜む場所はさほど広くない遺跡だ。
残りの人員は道中の露払いと後方支援に充てるのだろう。
当然ながら――私は隣の少女を見る。彼女は討伐隊には含まれていない。
――と。
少女の視線が書簡にあることに気付いた。
やはり興味があるのだろうか。
「御覧になりますか?」
私は少女に書簡を手渡した。
書簡に目を通す少女。そして――私は異変に気付いた。
――――――
突然足元を掬われたような。
――そんな感覚。
まだ時間はあるはずだった。
まだ心は決まっていなかった。
でも――今決めなければいけない。
左の手を離すのか。
右の手を離すのか。
一度離した手は二度とつかめないかもしれない。
分からない。
分からない。
分からない――だけど。
「――お姉ちゃん。――キュロちゃん」
誰にも届かない声で呟いて――決意する。
私は顔を上げ、シャルレノさんの目を見つめた。
「――お願いがあります。私も――この討伐隊に参加させて下さい」
私は運命を――信じない。
第四章終了です。
例によって通常とは違うタイミングでAppendixを挟んでから第五章となります。




