154.分析と構築
左手の中に守りたいものがあって。
右手の中に守りたくなったものがあって。
――例えば。
伸ばされた手を取るために、どちらかを手放さなければならないとしたら。
私はどちらの手を選ぶのだろう。
運命の時はずっと先。
そうまだ――ずっと。
――――――
「お話って何だろうね」
『――何の話でも私には関係ないでしょ。早く始めて早く終わらせましょうよ』
――僕達は今。
聖殿にある応接室の一室で、鑑定おじさんを待っている。
昨日の別れ際の話。その続きを聞くためだ。
もしかしたらタダで『鑑定』してくれるのかも――と、ちょっとだけ期待する。
だって、あの辛い旅を一緒に乗り越えた仲だからね。
僕が一竜で頷いていると、部屋の扉が叩かれた。
紅茶を持ってきたお姉さんが退出し、部屋の扉が閉じる。
それを合図としたのか、今まで沈黙していたおじさんが口を開いた。
「さて。どこから話したものか――」
『――っ!?』
完全に油断していた僕は、そのまま固まってしまう。
どうやら――先を越されてしまったみたいだね。
僕は悔しさを押し殺し、お茶菓子に伸ばしかけていた前脚をそっと戻した。
横から感じる視線が痛い。
だけど、おじさんはそんな僕には目もくれず言葉を続けた。
「今回の報酬には君達の『鑑定』も含まれているんだが――その様子だとそれも知らないようだね」
――あれ?
もしかして、本当にタダで鑑定してくれるの――って、報酬?
僕の疑問をなぞるように、ユニィがおじさんを問いただす。
「どういう事でしょうか?」
「そのままの意味だが――そうだな。その説明の前に『鑑定』スキルについて誤解を解いておこうか」
――うーん。何だか話が長くなりそうだね。
僕はそっと伸ばしていた前脚を引き寄せ、お茶菓子を口にする。
うん甘い。甘いけど――何だろうそれだけじゃないみたい。
「そもそも『鑑定』は、術者の保有する知識により精度が変わる。既知のものは正確に。未知のものは関連する知識に応じて」
ちょっと酸っぱい?
そうだ。この香りは柑橘系だ。
「――対象物に関する知識――情報を収集する為の術が『分析』。情報を精査再構築するための術が『構築』。――『鑑定』スキルはこれらの組み合わせで成り立っているのだ」
とすれば――そうか。
これはレモン。
隠し味にレモンが加わっているから、より甘さが際立っておいしいんだね。
なんとなく理解できた気がする。
「じゃあ報酬って――そういう意味だったんですね」
「そうだ。未鑑定の対象――つまり君達が持つスキルやそこのリーフェスト君のクラス。それらの『分析』が今回の依頼報酬には含まれている。そして――君達の『分析』は既に終わっているのだよ」
――む。
そろそろ本題かも。
僕は前脚に持ったお茶菓子の残りを、急いで口の中に詰め込んだ。
「――どうだろう。『分析』も既に完了し、未知ゆえに精度も期待できない。――ひとり金貨1枚では?」
――お茶菓子が喉に詰まりそうになった。
「商談は成立だな」
「はいっ」
ユニィの交渉で、最終的には合わせて金貨2枚で鑑定して貰えることになった。
金貨3枚だと手持ちのお金がほとんど残らなかったはずからね――本当に良かった。
それにしても――ユニィは昔と比べて随分と交渉が上手くなったと思う。
――僕も負けてはいられない。
僕は僕にできることを頑張らないと。
そう思った。




