153.動き始める時間
『おやつー。おやつー。おやつーがぼっくらをまっているー』
気の抜けるような歌を歌うリーフェに、思わず頬が緩む。
隣を行くサギリからは少しだけあきれたような感情が伝わってくるけど――今日は。今日だけは許してあげて欲しい。
だって――あの一件以来、久しぶりに砂糖を使ったお菓子を食べられるんだもの。
正直に言うと――私も楽しみだし。
「でもリーフェ。その前に『黎明』で往路分の完了報告だよ」
今回の依頼は私達への指名依頼だけど、ユニオンを窓口とした依頼となっている。
だから、完了報告もユニオンを介して行うのだ。
それに――
「あと色々あったし。この竜車もね。一度整備してもらった方が良いと思うの」
皮袋をはねたり、魔物との戦いに巻き込まれたり、凍りかけたり――見た目では分からない損耗が蓄積しているかもしれない。
復路の出発は1週間後。それを考えると早めに整備しておくべきだと思う。
リーフェは『えー』とか言ってるけど、ほんの少しの辛抱だから。ね?
――って思っていたんだけど。
――――。――。――――
沈黙が――事務所の時間を止めている。
まるでそう錯覚させるほどの無音の中で。
時折聞こえる息遣いだけが――時間が確かに流れていることを証明している。
その中心に居るのは――リーフェとサーラさん。
向き合う母竜と子竜の間に言葉はない。
ブランさんは――少し離れたところに立っている。
気持ちは分かるけど、分かるんだけど――今はこの場を何とかして欲しい。
私達が事務所に入った瞬間からもう10分以上はこの状態が続いているのだ。
レインさんもディーノさんも。
リーフェもサギリもブランさんも。
――もちろん私も。
みんな声を――音を立てることすらできない。
そんな静寂を破ったのは、ドアのキィと軋む音だった。
「今日の仕事は終わったぞ」
事務所に入ってきた人物の――ゴダールさんの低い声に。
止まっていた時間は動き出した。
一つ深呼吸をして――強く想う。
――うん。頑張ってねサギリ。
ちょっと無責任かもしれないけど――私には力になれそうにないから。
――――――
「報告御苦労――下がれ」
伝令の兵によってもたらされたのは、先遣隊の帰還報告。
その報せは第四次にしてようやく得られた――我々の待ち望んだ報せだった。
部隊はほぼ全壊。
大魔の情報はその姿と居場所のみというものではあるが――今の我々にとっては、それでも十分な情報だ。
少なくとも、これで討伐隊本体の組織が可能であろう。
無論、年端もいかない少女の出番等は訪れるべくもないが。
――だが、これほどの報せにも。
私は傍らの少女を見る。
その表情の変化はいつも通り――いや。
私は内心驚いた。
瞬きの間に消えてしまったが、私の目に一瞬だけ映ったのは――少女の瞳に浮かんだ悲しげな陰。
やはり――
本日の昼間。ウィルノレジス氏が到着したという報せを受けている。
氏にも長旅の疲れはあるだろうが、明日にでも鑑定を受けるべきであろう。
この違和感が何を意味するのか。
その答えは目の前に。
次話から第四章最終エピソードです。




