149.今日のリーフェはよく回る
――ちょっとリーフェ。
いつまでも寝てないで早く起きなさいよ。
泣きながらリーフェに抱き着くユニィを横目で見る。
伝わってくる感情は――少しくすぐったい。
――まぁ、確かに?
ちょっとだけ勢いがつきすぎたかもしれないけど――
大したことじゃないでしょ? それぐらい。
――そんなことよりも。
今、私は。
何だか胸がざわめいて落ち着かない。
心の奥底から揺さぶられたようで。
今まで気付かなかったことに気付いたようで。
私は目を閉じて。
――先程のことを思い出す。
――――――
――何なのよ。まったく。
イライラが募ってくる。
――本当。意味が分からない。
魔物がこの場に現れた瞬間に。
私はすぐに逃げ出す体勢を取った。
だって私達に戦いなど出来るわけがないもの。
そう。
戦いなんて、ほら。
そこで腰紐に短剣を差している、冒険者にでもさせておけば良いのよ。
それなのに。
――大体、なんで戦えないあなたが魔物の矢面に立ってるのよ。
おかしいでしょ?
私の懸念が現実になったのは、それからすぐだった。
一匹目の魔物がおじいさんに倒された直後。
ちょっと呆けたリーフェの横顔に『何よそ見してるの!』って言おうとした瞬間。
「リーフェ!」
ユニィの声に、私は気付く。
リーフェに近づく魔物の姿に。
すぐにユニィが『ポケット』を使ったみたいだけど、リーフェのそれと違って位置もタイミングも甘い。
簡単に躱されてしまう。
――このままじゃリーフェが!
咄嗟に『アクセラレート』を使ったけど――
駄目。
私の速さじゃ――間に合わない。
一瞬の逡巡。致命的な遅れ。
私が一歩を踏み出す前に。
魔物が一歩。リーフェに近づく。
脚が――動かない。
動けない。
ただ。認識だけが――加速する。
魔物がまた一歩。リーフェに近づく。
――嫌だ。
重たい脚がようやく動く。地面を蹴る。離れる。
でも――もう。
ゆっくりと流れていく私の世界の中で、耳に届いた声。
「伏せるんじゃ!」『――』
だけどそのまま――魔物がリーフェの目の前で前脚を振り上げて――
――瞬間。
左から近づいたそれが――リーフェを吹き飛ばした。
認識が加速したままの私は、それを確かに見た。
リーフェを吹き飛ばした水塊を。
そして同時に――吹き飛ばされたリーフェが回転しながら頭を下に向けていることを。
ちょっと――何やってんのよっ!
慌てて私は左脚を踏ん張り、リーフェを受け止めるべく強引に向きを変えた。
一蹴り毎に加速する。
全身が冷たくなる程に――『アクセラレート』の術に『力』を注ぎ込む。
今度こそ――
視界の中のリーフェは回る。
私の中でもリーフェが回る。
速さだけなら――
あなたには負けないから。
だから――あと一歩。
――え?
突然膨れ上がった『力』に戸惑う暇もなく。
次の瞬間、私はリーフェを巻き込んで転がっていた。
――――――
――そう。
あの『力』を自由に引き出せれば。
もっと――もっと速く。
――私の目指す高みが見えてくるかもしれない。
私の心は落ち着かない。
――そういえば。
以前、リーフェも術の効果が大きくなったことがあるって言ってたっけ。
目を開けてリーフェを見る。
後で、その時の事を聞いてみないと。
――ねぇリーフェ。
いつまでも寝てないで――早く起きなさいよ。




