147.本物
砂糖蟻を前に意気込む僕の横で、光球おじいさんの静かな声が聞こえた。
「なんじゃ。来てしもうたのか――『光球』」
声と共に周囲が明るくなる。
光っているのは術により生み出された4つの光球だ。
どうやら、光球おじいさんは本物だったらしい。真・光球おじいさんだ。
「それじゃあ、足止めはお主に任せたぞ」
それだけ言うと、真・光球おじいさんは後ろに下がる。
蟻の方を見ると、急に明るくなったことに驚いたのか、動きが止まっていた。
――そうだ。この隙に。
僕は先程まで見えなかった周囲の状況を、素早く確認した。
まず、この空間の広さは幅50m×奥行150m程度。高さは3~5m。
ただし、入口側に向かって左手3分の1は水が溜まっている状態だ。
残りの陸となっている部分の地面には、全体的に大きな出っ張りはなく、走り回るのには支障がない。
鑑定おじさんとユニィは奥側の壁際まで下がっている。
サギリも一緒だ。隙を見て二人を連れ出すためだろう――多分。
僕は視線を蟻に戻す。
蟻も既に視界が正常に戻ったようだ。
こちらを見る仕草の後、体を大きく見せるように前脚を上げて威嚇してきた。
――おそらくは。
氷のお兄さんも、蟻を一匹討ち漏らしたことに気付いているだろう。
であれば。僕のすることは簡単――おじいさんの言う通り足止め――つまりは時間稼ぎだ。
数分。長くても5分持ちこたえれば、お兄さんも追い付いてくるはずだ。
僕は、どの方向にも飛び出せるように体勢を低く構える。
初動の為の『ポケット』は既に配置した。
あとは――蟻の僅かな動きにも対応できるよう、視界を狭め――その動きに集中する。
永遠にも感じられた――数秒の後。
蟻が前脚を下ろす。
同時に僕は『ポケット』を蟻の前に4つ展開した。
「キィッ!」
蟻は僕の術に弾かれてのけ反った。
――実戦では初めて使ったんだけど、上手くいったみたいだね。
名付けて『シールド』。敵の動きを止めることを目的として、50cm角のひし形の頂点に『ポケット』を配置した応用術だ。
一度出した『シールド』は動かすことはできないけど、解除して再度出し直せばどこにでも出せるし、1か所づつ『ポケット』の位置を変えて出し直せば、疑似的に動かすこともできるのだ。
――と、そんな便利な『シールド』だけど――いくつか欠点がある。
その内、最大の欠点は――
『あっ! ――と。危ない危ない』
この術。実際には4つの術を同時に位置制御している。
だから術の制御に集中しないと、術がまともに維持できないのだ。
当然――その隙に逃げたり等、他の行動は難しくなる。
――取り合えず、考え事はやめて集中しよう。集中集中。
『――もう5分ぐらいは経ったでしょ!』
僕もそろそろ――集中力の限界だ。
「まだ1分ちょっとしか経ってないよ!」
ユニィの声が聞こえる。
――えーっ? まだ1分!? そんなの――あと4分とか無理だよ。
それに――
「ギッ」
入口の奥から、紫の光に照らされた2匹目の蟻がその姿を見せる。
そう――もう一つの大きな欠点。
それは『シールド』の術を、2か所同時に発動することは不可能ということだ。――少なくとも、僕の今の実力では。
だから――僕は伏せていたもう一つの札を切る。
『『ポケット』っ!』
2匹目の蟻の頭上に開く黒い穴。
それは、先程から水中に仕込んでいた5個目の『ポケット』。
『流れちゃえっ!』
その穴から、凄まじい勢いの水が落ちてくる。
これでしばらく2匹目の行動を封じることができるだろう。
あとは1匹目だけど――
僕は再度シールドで抑え込みをかける。
このまま氷のお兄さんが来るまで――
「足止めよう頑張ったのう――はぁっ!」
突如響くおじいさんの声と弾けるような音。
気付くと、僕の視線の先には瞳を黄色く輝かせたおじいさんが映っていた。
――って、足止めってそっち用だったの?




