146.光を辿る
――ん?
村長への報告の後。僕達はおやつを兼ねた休憩時間を取って寛いでいた。
そして、僕がそれに気づいたのは――まさにそんな時。
突如視界に伸びるいくつもの紫光。
間を置かず聞こえる、危急を叫ぶ鐘の音。
『また魔物だ!』
背の高い石造りの外壁を持つ町ならともかく、この辺りの村はせいぜい2m程の木柵で囲われているだけだ。
あんなに素早くて大きい蟻の魔物を押し留められるとは思えない。
「村人と一緒に避難しましょう!」
氷のお兄さんの声に周りを見回すと、村人達が村の北東に向けて逃げていくのが見えた。
すぐに僕達も身の回りの物だけ持って、村人たちの後を追う。
非常事態だから、鑑定おじさんは僕の背に乗ってもらった。
落ちないように首にしがみついてもらっているんだけど――ちょっと苦しい。
それでも、鐘の音から3分程で何とか避難場所の洞窟が見えてきて――
「そのまま行って下さい!」
お兄さんの声が背後から聞こえた。
瞬刻の後に響く、ガンッという硬い物同士が当たる音。
「ロランさんっ!?」
ユニィがサギリの上で叫んでいるけど、そのまま洞窟に連れ込まれていった。
僕も、背中のおじさんを落とさないように気を付けながら洞窟の入口を潜る。
「おお。お主達で最後じゃぞ。この先が避難所じゃ付いて来るんじゃ」
そこには、先程の光球おじいさんが居た。
――いや、今は日の光が無いからただのおじいさんかな。
洞窟は入口の所で二又に分かれていたけれど、ランタンを掲げるおじいさんは迷わず右奥の方向に進んでいく。
足元は多少整えられているみたいだけど、天井は低そうだ。ユニィとおじさんには背中から降りてもらって、みんなで歩いておじいさんの後を追った。
当然僕が一番後ろ。殿だ。
「懐かしいのう。お主に出会ったのも確かこの辺じゃったかのう。確かあの時はあ奴がお主に――」
少し広めの空間に出たところで、おじいさんが足を止めて僕達に話しかけてきた。
えー?
今そんな昔話はどうでも良いから、早く避難所まで行こうよ。
僕のそんな気持ちに気付いたのか、ユニィがおじいさんに問いかける。
「あの――それよりも避難所はどこに――」
「のう、お主等」
おじいさんがユニィの言葉を遮るように、その体に似合わない大きな声を出した。
「もしかして「砂糖菓子」を持っておらんか?」
『――え?』
思わず声を漏らした僕をおじいさんが見つめ――笑みを浮かべた。
「なんじゃ。お主じゃったのか――砂糖蟻を連れてきたのは」
――砂糖蟻? 何それ?
もしかしてあの魔物って、舐めたら甘いの? おいしいの?
鑑定おじさんも「新情報だ」とか「なるほど」とか言っているけど、やっぱりそうなの?
おじいさんに詳しく聞いてみようと思ったんだけど――おじいさんの次の言葉で僕の思考は吹き飛んだ。
「それじゃあ、儂と一緒に囮になってもらうぞ」
『えー! やだよ!』
僕は即座に否定する。
おじいさんは笑顔だけど――なんだか怖い。
「もしかして――ここで行き止まりですか?」
ユニィがそんなおじいさんに問いかける。
「そうじゃの。運が良ければ入れ替わりで逃げ切れるやもしれんが――どうせ砂糖の匂いがする限りまた追われるじゃろ」
「でもそれじゃ。おじいさんは――」
「――老い先短い身じゃ」
「そんな――」
おじいさんの返答を聞いたユニィから、悲しみが伝わってくる。
「なに、心配するでない。そもそも、お主等と一緒にいた騎士の兄ちゃんが、全部倒してくれるじゃろ」
――先程からのやり取りで、さすがの僕にも状況が見えてきた。
どうやらあのしつこい魔物は僕を――僕のおやつ袋を追い掛けてきていたらしい。
西都に行くときは何もなかったのに――と思ったけど、そういえばあの時はここよりも手前でお菓子が駄目になったんだった。
『――ごめんね。みんな』
僕は入口の方に視線を向ける。
『だけど――』
微かな音が僕の耳に聞こえる。
『僕はあきらめないからね!』
僕は光を。その指し示す先を辿る。
淡く紫色に光るそれは、砂糖蟻――トルーパーアント。
氷のお兄さんが討ち漏らしたのか――その体表にはわずかに氷が付着していた。




