143./記憶にない/
「これは――また随分と使い込まれているねぇ。ほら、この辺りも糸がほつれかけているし、こっちは皮が擦れて薄くなっているわよ?」
「補修――できそうですか?」
「まぁ、縫い直しと補強だけなら――糸の色にこだわらなければすぐに終わるわね。そうねぇ――銀貨1枚で半日というところかしら」
ほっと息を吐く。
いつもリーフェが大事そうに抱えている皮袋だもの。
できれば直したかったから。
「それではお願いします」
前金として半額払い、皮革職人の店を出る。
近くで辺りをきょろきょろと見回しているリーフェに声を掛けた。
「リーフェ! 皮袋、簡単に直せるって。ついでに補強もしてもらうから、また夕方ぐらいに取りに来よう?」
『うん。分かったよ。それじゃあ――今から「くいだおれ」だね!』
その言葉と共にリーフェが近くの屋台に走っていった。
どうやらもう目星は付けていたみたい。
――食べ歩くのは良いけれど、本当に倒れたりしないでね?
私はリーフェの背中を追いかけた。
――――――
『おお! バイス。久しぶりだな! トロアも元気そうじゃないか!』
『ブラン。お前も相変わらず元気そうだな――って、なんかデカくなってないか?』
『ああ。肉を食って身体を鍛えたからな。そうだ、お前もちゃんと送った生肉食ったか? 進化したいんなら生肉だぞ?』
久しぶりに見た筋肉バ――ブランは、俺達が知る頃より二回り――いや、それ以上大きくなっていた。
あの頃はバイスと同じぐらいの大きさだったはずなんだが――進化種の影響が成長にも出てるのか?
――まぁ良い。とりあえず挨拶からだ。
「久しぶりだな。ブラン。連絡を寄こさないから心配したんだぞ」
とりあえず少し突いてみる。
お前、もう少し反省しろよ。
『ああ。そうだな――』
お? 意外と殊勝な態度じゃねぇか。てっきり頭が筋肉な回答が来ると思――
『まさか、お前たちが筋肉交信を使えないとは――盲点だった。本当にスマン。後でしっかりレクチャーしてやるから許してくれ』
――まぁ、そんな事だろうと思ったよ。
てか、そんなもんのレクチャーは要らねぇ。
そんなやり取りをしている間に、ブランの隣に居た『エルダーラプトル』が進み出てきた。
そうか、彼女がリーフェスト君が言う――
『はじめまして。ブランの妻のサーラと申します。リーフェストもお世話になっているそうで、いつもありがとうございます』
――いや。まともじゃねぇか。
真竜並みに恐ろしいとか言ってたけど――まぁ。あれだな。身内特有の誇張だな。
「はじめまして。トロアと申します。昔ブランと共に黎明というユニオンに所属していました。今はフロンティアというユニオンの代表を務めています。あちらに居るのが――うちのバイスです」
バイスに視線を送ると、向こうでブランに絡まれていた。何やってんだ。
『そうですか――ところで。うちのリーフェストはどこでしょう?』
――なんだ? あいつ仕事で不在にするのを伝えていないのか?
そう思いながら視線を戻し。
俺は。
――真竜の真竜たる所以を悟った。
とりあえず、あいつは許さねぇ。
――――――
『――ん? ユニィ、今何か言った?』
「え?」
ユニィが驚きの感情と共に、目を丸くして僕を見る。
うーん。どうやらユニィじゃないみたいだね。
――じゃあ、誰かが僕の噂でもしてたとか?
急いで辺りを見回したけど、それらしい姿も見えない。
そのまま首を傾ける僕に、ユニィが声を掛けてきた。
「ねぇリーフェ。それはそうと、そろそろ皮袋の補修が終わってる頃だから、受け取りに行こうよ」
ユニィに言われて空を見ると、お日様が随分と傾いていた。
そうだね。まだ食べれそうだけど、今日はこのぐらいで止めとこうかな。
「ここ……」
「……うですね。……ト……?」
お店の外で待っていた僕の耳に、ユニィがお店の人と何かを話している声が聞こえた。
あれ? 受け取ってお金を払うだけだと思ったんだけど――何かあったのかな?
そんなことを考えていたら、ユニィが店の入口から出てきた。
「ねぇ、リーフェ。ここなんだけど」
ユニィが手に持った皮袋の端っこを指さす。
――ん? 汚れてる?
「お店の人の話だと、何か印字されていたみたいなんだけど掠れてて――「スト」って見えるから、リーフェの名前が書いてあったのかな? ついでにここも直してくれるみたいなんだけど――」
――うーん。確かに目を細めてみると「スト」って書いてあるように見える。だけど――
『この皮袋はもらい物だから、僕の名前じゃないはずだよ?』
「――え? そうなの? リーフェが初めから持ってたんじゃないの?」
僕は頷きながら答える。
『そんなことないよ。もらい物だって』
「そう――。それじゃ、この印字どうしよう――」
『――ついでだから、僕の名前を印字してもらおうよ』
僕がそう言うと、「そんなことして良いのかなぁ」とか言いながらお店の中に戻っていった。
――本当にユニィは真面目だね。
――そう言えば。
あの皮袋、誰にもらったんだっけ?
さっぱり思い出せないけど――まぁ良いか。
――――――
俺達が南の大陸に来てから、既に3か月が経とうとしていた。
その間、脚竜族の集落を回りながら、儀式に係る情報収集に努めているのだが――
一言でいうと、未だ特異的な調査結果は得られていない。
訪れた集落がまだ全体の2割弱なので、当然といえば当然なのだが。
半数以上の集落を訪れるとしても、あと半年は調査が必要だろう。
――まぁ、そんなに簡単に分かったら楽しくないけどな。
思わず口元が上がる。
『――ん? リーフェか?』
俺の視界に紫の光が現れたかと思うと、一拍遅れて黒い穴が出現した。
俺はいつも通り手近な文具を穴に入れ、出てきた手紙を確かめる。
今度こそ何かあったのか? と思ったが、いつも通りなんてことのない話だった。
――へぇ。あいつ西都に居るのか。
鑑定は――金がないんだっけ? 勿体ないな。
そのまま読み進める。
――うわぁ。皮袋が壊れて中身が全滅とか悲惨だな。
まぁ、薬師にもらったって言ってた時から随分古そうだったからな。
――よし。次に連絡が来た時には何か食い物を送ってやるか。
そうだな――こっちは名産の砂糖を使った菓子が多いからな。
日持ちのする菓子を見繕っとくか。
次話から第7エピソード後編です。




