141.希望の一振り
『おなかが空いて力が出ないよ』
『どうせ小腹が空いただけなんでしょ? ――そんなこと言ってサボってると、本当に何も食べられなくなるわよ』
僕の吐いた弱音をサギリが拾う。
――結局というかやはりというか。
皮袋の中身は全滅だった。
中の餡がはみ出したり。
原形も留めないほどに粉々に割れていたり。
他のものと一体となって、何が何だか分からなくなっていたり。
諦めきれない僕は、その中でも比較的原形を留めていたおまんじゅうを食べてみたんだけど――
口内に広がる何とも言えない苦みと、じゃりっとした食感に。
――僕は泣く泣く全ての中身を諦めた。
皮袋の方は、首紐を縫い直すだけで良さそうだったけど、村にあった雑貨屋では皮製品の補修は取扱っていないらしい。
ユニィとも相談したけど、補修に要する時間を考えても、西都到着後に補修した方が良いだろうということになった。
だから――
『ほら――しっかりしなさいよ。あそこにいる野ネズミぐらい、リーフェなら片手間で捕まえられるでしょ』
僕は今。
悲しみと空腹でやる気の出ない体に鞭打って。
お腹を満たすための狩りに勤しんでいるのだ。
『――どうせなら、ツノうさの方が良いんだけど』
『そんなこと言ったって、この辺りにも居なかったんでしょ?』
そうなのだ。
念のためサーチで探してみたけど、この辺りにはツノうさは一匹も居なかった。
聖国の周りには普通に居たんだけど――この辺りまで北上すると、まったく姿を見かけない。
ツノうさは魔物の気配に敏感だから、「大魔」の影響がある地域からは逃げ出してしまったんだと思う。
まぁとりあえず――っと。
僕は思考を振り払うとほぼ同時。後脚の足裏で暴れる野ネズミを見る。
さっさと小腹は満たしとこ。
――――――
『ユニィ! 見えてきたよ!』
「うん。私にも見えてるよ!」
あの悲劇から3日。
懸念していた魔物との遭遇もなく、僕達は西都が見える丘へとたどり着いていた。
――西都の方向には魔物は一匹も居ないし、ここまで来ればもう安全かな?
僕は走りながら、この道の先にある西都を眺める。
街並みは海に沿うように広がっていて、大きさで言えば聖国の3倍以上はあるだろう。
海には大きな大きな船がいくつか浮かんでいるのが見える。
1年ぐらい前に行ったことのある港町とは、町の大きさも船の大きさも桁違いだ。
遠目に見ても活気が感じられる港湾都市。
それが西都と呼ばれるウィス――ウィス何とかという都市だった。
――それは良いんだけど。
『ねぇ。あれ――もしかして?』
その手前。
外壁から街道沿いに伸びるその線に。
僕は――気付いてしまった。
そう。たっぷり1km以上は伸びていて。
今もなお。蠢きながらも長くなっていくそれは――
『まさかだけど、あれに並ぶの?』
せめて、甘いおやつがあれば耐えられるんだけど――
悲劇はまた次なる悲劇へと連鎖する。
そして――僕にはその鎖を断ち切る術はない。
その事実を思い知った僕は――絶望した。
――――――
『ありがとう! 本当に助かったよ!』
僕は頭を下げていた。
言葉は通じていなくても、態度で気持ちは通じるものなのだ。
――そう思っていたんだけど。
「あの――この騎竜、突然どうしたのでしょうか?」
目の前の銀鎧のお兄さんが眉毛の間をピクピクさせながら、ユニィに尋ねている。
――あれ?
『いつものことだから、気にしたら駄目よ』
サギリが何か言っているけど、どうせお兄さんには聞こえていない。
それこそ気にしたら負けだ。
「多分ですけど――門を通過する際に、列に並ばずに通れたので喜んでいるんだと思います」
――そうそう。
僕はコクコクと頷いた。
そう。僕が絶望の沼に沈みかけていたあの時。
連鎖するかと思われた悲劇の鎖を――それを断ち切ったのが銀鎧のお兄さんなのだ。
なにせ、延々と並ぶ長蛇の列を横目に、門番の人に一言二言声を掛けただけで通過できてしまったのだ。僕が感謝するのも当然だろう。
思い返してみれば、銀騎士のお姉さんと行動した時もそんな感じだったかもしれないけど――そんなものは関係がない。
今その一振りで僕を絶望から救ってくれた。その結果が重要なのだ。
僕はユニィと話すお兄さんの横顔を見つめる――と、その顔からはピクピクが消えていた。
ユニィの説明で何とか納得してくれたようだ。
そしていつの間にか、お兄さんとユニィはそのまま話を続けていた。
「――それでは、宿を確保する必要はないんですね」
「はい。到着が予定より1日早くなりましたが問題はないでしょう」
――そう言えば。
銀騎士のお姉さんと一緒の時は、客室に通されて大変な目に遭ったんだった。
――――このまま逃げて良い?




