140.悲劇の足音
悲劇は突然訪れる。
――いつだってそうだ。
何気ない日常の風景も。
笑い合っていた楽しい時間も。
――たった一つの出来事で暗転する。
過ごした時間が穏やかであればあるほど。
訪れる悲劇というのは際立つものだ。
僕はそう思う。
――――――
『ユニィ!』
僕は速度を維持したまま、右前脚を頭上に上げる。
指は3本とも伸ばしたままだ。
「あと15分ぐらい走った場所に村があるから、そこまで行くよ!」
ユニィの言葉に僕は上げていた前脚を下げる。
『それじゃ、おやつは1割増しでね!』
少しおなかが空いてきたけど――15分ぐらいなら何とか耐えられそうだ。
僕はそのまま意識を前方に集中する。
聖国を出発してから、既に4日。
初めは北西に向かっていた道も徐々にその方角を変え――今は西へと伸びている。
昨日あたりから右手側には海が見え始め、今ではすっかり海岸沿いの道となっていた。
ユニィの話では予定よりも順調に進んでいるそうで、このままいけばあと3日ほどで西都へと到着できる見通しだそうだ。
それにしても――やっぱりおなかが空いてきたね。
早く次の村に、たどり着かないか――
ガダダダッ。
――ッ。
『ちょっとリーフェ! 休憩のことばかり考えてないで、もっと集中しなさいよ!』
『ゴメンっ!』
少し道を外れかけたところで、いつものようにサギリがこちらを睨んでくる。
そんなサギリにいつものように謝ると、僕は再び前方に集中した。
海岸沿いを進むこの道の周りには背の高い木は生えておらず、背の低い草だけが疎らに生えている。
つまりは、見通しが良くて遠くまで見えるということだ。
そのまましばらく前方に目を凝らしていると――遠目に何か見えてきた。
どうやら、このまま進んだ先にあるようだ。
もしかしたら、あれがユニィの言っていた村なのかもしれない。
――ッ。
――あれ? 今何か音がした?
慌てて視線を近くに戻したけれど、何も異変は見られない。
うーん。
気のせい――かな? 多分。
走る――心を無心にして、ただ走る。
近づくに従い、その姿形がはっきりと見えてくる。
遠目に見えていたもの。それは――村の入口を示す門柱だった。
何の意味があるのかは分からないけど、背が高くて赤や青の羽で飾られている。
――ああ。ようやく到着だね。
もう――僕のおなかは限界だよ。
そんなことを考えながらも何とかその門柱までたどり着いた僕は、柱の間を抜けるため速度を緩めて――
――ブヂッ。
――ん? 何かやっぱり変な音が――
『ねぇサギリ。何か変な音がしない?』
『そうね。たった今隣から変な音がしているわね』
僕が問い掛けると、僕の顔を見ながらサギリが答える。
うん。やっぱり変な音がするよね。
『ねぇ。ユニィにも聞こえるでしょ!?』
僕は、背後のユニィを振り返りながら尋ね――――ブヅッ。
――再びの異音。
振り返りかけた僕の視界の端に見えたものは――首から下げ、胸元に固定していた皮袋。
――あれ? なんで?
なんで固定しているはずの皮袋が、あんなところに見えているの?
なんで、あそこでコロコロ転がっているの?
ねぇ――なんで? 誰か教えてよ?
一瞬の出来事。
突然の悲劇。
僕の元を離れた皮袋は、そのまま竜車の下に潜り込んで――
――さようなら。
僕は。その先を見ないように――きつく目を閉じた。
――――――
「運が良かったですね」
銀鎧のお兄さんがユニィと話す声が聞こえる。
先程まで、ユニィと一緒に竜車を点検していた――その結果を話しているらしい。
「車体を少し擦っただけで車輪には巻き込まれていなかったので、走行には影響なさそうです」
「そう――ですね」
ユニィが僕の方をチラチラと見ながら、相槌を打っている。
『いつまでそうしてるのよ』
サギリの声には答えられない。
言葉が出てこない。
そんな僕の目の前には――歪な形となった皮袋があった。
もちろん、歪な形となっているのは皮袋の中身だ。
皮袋が損傷しているわけでは――
――いや。一か所だけ。
皮袋の首にかける部分、その片側が縫い目の所から外れた状態となっていた。
こんなことが起こった原因は、おそらくこれだろう。
でも――
そんなことは正直どうでも良いんだ。
それよりも、今考えないといけないのは――
『休憩中に食べるはずだったおやつ――どうしよう』
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