115.盾
――1週間。
初日は立ち乗りまで出た青の遺跡行きの竜車だけど――
もうあの時の過熱も収まり、遺跡に向かう冒険者の数も落ち着いていた。
――つまりは、乗客全体の数も落ち着いてきたということで。
『お客さん――減ったよね』
「うん。でもこれが普通じゃないかな」
『そうかなぁ』
僕は発着所を見回す。
時間はお昼少し前。もうすぐ12時――昼1便の出発時刻だ。
この時間は元々乗客も走る竜車も少ないんだけど――他の車には大抵幾人かの乗客が乗っている。
乗客と御者の人が会話しながら待っているのが見えるから、いわゆる馴染みの客――というやつなのかもしれない。
――僕達の竜車?
聞くまでもない。
早朝6時の明けの1便と、帰りは夕方6時前になる昼4便。
この辺りは利用者もいるんだけど――この時間は厳しいね。
『おなかすいたね』
『さっき食べたばかりでしょ』
同意を求めた訳じゃないけど、サギリに呆れ顔で睨まれた。
さっきのお肉はおやつなんだけど――それを言うと余計に睨まれそうなので黙っておいた。
「――空いてるか?」
「はい。もちろんです!」
――油断していた僕の耳に、ユニィの声が響く。
振り返ると、1mを超す大きな四角い盾を背負った人達がユニィに話しかけていた。
5人居るけど、全員が同じ様な盾を背負っている。
当然、皆体も大きく腕周りも太い。
そして――何故か少し異様な雰囲気だ。
でも、この雰囲気には見覚えが――
「よし! 全員乗れ!」
「おう!」
そんな事を考えている間に交渉はまとまったようだ。
リーダーらしき人の掛け声に従い、残りの4人が声を合わせて答えると、次々と荷台に乗り込んでいく。
――まぁ良いか。
ユニィが出発準備を始めたのを見て、僕は考えるのを止めた。
多分重要なことじゃないと思う。そう多分。
「行くよ。リーフェ。サギリ」
『うん』『ええ』
行先は青の遺跡。
この1週間でずいぶん慣れた道だけど――油断はしない。
――『サーチ』。
聖国を出てすぐに、声に出さずに念じる。
魔物は――近くには居ない。大丈夫。
遺跡に着いたら昼食だから、早く行かないとね。
そういえば、今日の昼食は何――
ガダダダダッ――
「こらっ! リーフェ」
『ごめんっ!』
集中。集中。
――――――
「荷台付きで助かったな」
俺は揺れる竜車の座席に深く腰掛けると、隣に座るサブリーダーのアントニスに声を掛けた。
「ああ」
相変わらず口数の少ない奴だが、その腕前は確かだ。
このパーティーで背中を預けられるのはコイツしかいない。
ガダダダダッ――
「おっと」
突然の揺れに声が漏れてしまう。
道が荒れているのかもしれない。
――ちらりと荷台の後方に置いた荷物を見る。
先程の揺れでも動いた形跡はない。
しかし――
「こんなものが必要になるなんて、どんな遺跡だろうな」
思わず口をつく。
俺達の専門は盗賊の拠点制圧等、対人戦闘だ。
最近は魔物の討伐にも加わっているが――遺跡の探索みたいな仕事には向いていない。
それでも遺跡に向かうのは、ギルドを通した要請があったからだ。
「――ああ」
隣から声が聞こえた――が、どうやら俺への返答ではないようだ。
左腕が小刻みに震えている。
「技――いや、術か?」
珍しく、俺の問いかけにアントニスが答えた。
「――リーダーも習得しておいた方が良い」
――まぁ。
言いたいことは分かるんだが。
傍から見ると、少しばかり怖いんだよな。その術。
俺は――
遺跡の事を一時だけ忘れて、ため息を吐いた。




