12.想いの強さ
ニルツ村は、ユニィの村の反対側の隣らしい。
ちなみに、ユニィの村はウォルツ村、隣村――ツノうさおばさんの村はクオルツ村というらしい。
人族の村の名前なんて、全然気にしてなかったよ。
でもこれからはちゃんと覚えないとダメみたいだね。
――うん。頑張れユニィ。
そんなユニィは、今は地図――ツノうさおばさんの手書きだ――と格闘中。
地図をクルクル回したり、向こうの山と手元の地図を見比べたり、裏返してみたり。
分かれ道は1箇所で、黒い岩を目印に右に曲がるとニルツ村――だったはずだけど。
『ユニィ。お腹すいたー』
この分かれ道に来てから、こうして20分ほど地図とにらめっこ中である。
どうせあっちなんでしょ? 早く行こうよー
「よし分かった! こっちだよリーフェ」
彼女の指し示した方向は、道のない方向だった。
いやいや。一体何を聞いてたのユニィ?
僕も半分は探検気分だけど、流石に道から外れようとは思わないよ?
――――――
またがるユニィの号令を無視して、右側の道を辿る事2分ほど。
僕達はニルツ村の前にいた。
ユニィから、モヤモヤした感情が伝わってくる。
まぁ、僕が『こっちだよ』って言ってるのに、散々「違うよリーフェ」「戻ってリーフェ」と言っていたもんね。
その自信はどこから出てきてるんだろう?
「すみませーん」
村の門を潜った僕達は、畑を耕しているおじさんに声を掛けた。
「うん? ここらでは見かけない子だけど何だい?」
「雑貨屋さんの場所はどこでしょうか?」
『どこ?』
僕も聞いてみる。
「この道をまっすぐ行った右側だよ。――それにしても一人でおつかいかい? ここらは魔物はほとんど出ないから安全ではあるけれど、道に迷ったりしなかったかい?」
――うん。ユニィ一人だと今頃迷子です。
――――――
ニルツ村の雑貨屋はすぐに見つかった。
だって、ガラクタみたいなものが、道まではみだしているんだもん。
「すみませーん。お届けものでーす」
ユニィが店の奥に声を掛ける。
「はいはいっと。あら、可愛い子ね。何かな?』
奥から出てきたのは、明るい金色の髪をした、綺麗なおねーさんだった。ちょっと意外。
店先の雰囲気からして、もっとお鬚も頭もボサボサのおじさんが出てくるのかと思ったよ。
「これを届けにきました」
ユニィが僕の首の皮袋から、薬箱を出しておねーさんに渡す。
「えーと。この箱はカロンさんからかな?」
おねーさんは少し眉毛を上げながら、そう尋ねてきた。うん。正解だよ!
「あっ! は、はいそうです。カロンさんから頼まれました。中身はいつもと同じそうです」
ん? 今一瞬、ユニィの顔が痛そうな顔に見えたよ? 少しだけ慌てた感情が伝わってくる。
虫にでも刺された? それとも気のせいかな?
そう思う間に、会話は進む。
「そう。じゃあ代金は――ちょっと待っててね」
おねーさんは店の奥に戻ると、小さな皮袋を持ってきた。
そして、そこから銀色の硬貨を1枚2枚3枚と出してお店のカウンターに並べていく。
「はい。銀貨3枚ね」
そしてそれをこちらへと押し出す。
そして、それをユニィが受け取――らないね。
どうしたんだろう。銀貨を見つめたまま動かない。
「これが銀貨」
小さな声で、つぶやく声が聞こえてきた。
そうだね。子供には大金だもんね。
「どこにしまえば良いかなぁ」
そうだね。そんなこと考えてもなかったよね。
僕の革袋も、ユニィの腰のポーチも、硬貨をそのまま入れるには大きすぎるもんね。
と、そんなことを考えていたんだけれど。
流石はお店の店員さん。
すぐにこちらの状況に気づいたみたい。
「ちょっと待っててね」
と言うなり、銀貨をまとめて布で包むと、紐で結んでユニィに渡してくれた。
おお。鮮やか。
お礼を言って、お店を出たけれど、ユニィの表情は優れない。
「ねぇリーフェ。今回は雑貨屋のお姉さんがお金を包んでくれたから良かったけど、もらった代金を仕舞う場所が必要だよね」
そう言って、自分のおへそあたりを見る。
――ん? お腹すいた?
「この服にもポーチにもポケットついてないし――」
そのまま僕の首元を見る。
――僕はお腹すいたなぁ。
僕の思考は少しずつずれていく。
「その皮袋にポケットがついていると良かったんだけどね」
『そうだね。ポケットがついてると便利かもね』
僕は少しだけ気のない返事を返した。
――早く帰っておやつ食べたいなぁ。
「おかし入れたりとか出来そうだし」
――ん?
――ユニィのその言葉を聞いた瞬間。
僕の表層と深層の境が。思考を隔てていたはずの境界が――溶けるようにその形を失う。
沸き上がる想いに従うように、僕は大きな声を上げた――いや上げようとした。
『そうだね! ポケットは絶対に必よ――』
――僕は言葉を途中で切る。
何故だろうか。冷たい感触が背中から首筋を抜けておでこの下に集まる。
これは――
「どうしたの? リーフェ!」
慌てたユニィの声が僕の耳に響く。
後からユニィに聞いた話だと、この時僕の目は明るい黒色(なにそれ?)に輝いていたそうだ。
そして、そんな僕の目には――宙に浮かぶ直径5cm程の丸くて黒い穴が映っていた。




