113.こんな話は聞いてない
4章第3エピソード。
短めにまとめる予定です。
「え?」
少女の発した小さな声。
普通であれば当然とも言うべきその声は。
しかし――私に僅かな驚きをもたらした。
神の巫女たる聖女の花芽や我々聖域の騎士の元には、日々数多の報告が上げられる。
それは――そんな報告の中の一つを聞いた時だった。
いついかなる報告にも表情を変えない少女。
無論、普段の生活では年齢相応の表情を見せているが――それを知るものは僅かでしかない。
故に。少女は兵の間では「鉄面の巫女」と呼ばれているようだ。
全く失礼な話だが――その言わんとすべきところは理解出来る。
彼女は――いついかなる報告にも表情すら変えない。
例えそれがどのように驚くべきこと――第二次先遣隊の全員が行方不明という報告――だとしてもだ。
だからこそ。
「――『青の遺跡』が起動し活性化した件。詳細調査の上報告せよ」
「はっ」
私は詳細調査を命じたのかもしれない。
大魔とは関係のない報告とは知りつつも。僅かな違和感を拭うために。
――――――
『さすがに僕もちょっと――疲れたよ』
僕は深く長く息を吐く。
『あら。私はまだ走れるけど?』
そういうサギリの声にも張りがない。
日没間際。今日の最終便を走り終えて。
僕達は――ようやくひと息をついていた。
『ねぇユニィ。聞いてた話と違うんだけど』
「そんなこと言われても――私にも何が何だか分からないよ」
いつも張り張り元気いっぱい――のはずのユニィの声が少し掠れて聞こえるのは。
ユニィの声が枯れているのか、僕の耳がおかしくなっているのか。
僕は、今朝の状況を思い出しながらユニィに訴えた。
『初日なんて乗客が10人も居れば上等とか言ってたよね?』
――――――
――ギルドでの手続きを終えたのは、正確には分からないけど8時45分頃だったと思う。
ギルドから南門手前の発着所までの移動時間は約5分。
朝2便の出発時刻――9時に対しては、もう10分ぐらいしかない。
どう考えても出遅れているし、早い竜車はもう出発しているかもしれない。
下手したら――既に乗客も他の竜車も誰も居ないかも。
僕達は嫌な想像を頭から振り払うように発着所へと走った。
――だけど。
僕達がそこで見たものは――
人。
人。
人――人人。人。人人人――
一部の竜車に群がる人々――冒険者達だった。
満員の竜車に無理矢理乗ろうとして他の乗客と揉めたり、辺りを見回したり。
早々に諦めたのか待合所に座り込んだり。
何を思ったか脚竜族を囲んでみたり。
竜車だらけだった昨日以上に混沌とした様相を呈している。
懸念していた、乗客が誰もいないという最悪の事態はなさそうに見えるけど――
――うん。
あれは近づいちゃダメなやつだね。
僕達は無言で頷くと、喧騒から離れた位置に陣取った。
ちなみに、今日僕達が引いているのは昨日ディーノさんが引いていた小型の竜車――ではなく、引き慣れたいつもの荷車だ。
あのサイズだと二竜では引き難いし、こっちの方が荷物も積めるからお得! ということらしい。
サギリは『そんなことより速い方が良いに決まってるじゃない』とか言ってたけど。
『つまりは――お肉を買ったら骨まで付いてくるという意味だよ』って言ったら、何となく分かったようだ。
――頷きながら細い目で僕を見ていたからね。
僕達がそんなやりとりをしている間に。ユニィが皮袋から出した飾りを荷車に取り付けていた。
お嬢から受け取った、半分のお日様が描かれた金属製のレリーフだ。
この模様が『黎明』を表しているらしい。
そして――この飾りの取付けで僕達の準備は完了だ。
後は――
僕達は周囲を見回す。
この中に、青の遺跡に行く人がどれだけ残っているか――だよね。
ゴクリという音は誰の喉から聞こえたのか。
運命の言葉が――ユニィの口から発せられる。
「青の遺跡行き! 朝2便! 定い――」
最後まで言う前にもみくちゃにされた。
――うん。知ってた。
だって――あそこで囲まれてるの、昨日のグリーンラプトルだもん。
――結局、荷台の立ち乗り客も合わせて、4往復で100人以上運んだ。
僕はもう一度繰り返す。
『初日なんて乗客が10人も居れば上等とか言ってたよね?』
何でこんなことになってるのか。
――誰か調べて教えてよ!




